西シェフを「2・4(ニシ)」のポーズでねぎらう森保監督(写真:西芳照さんツイッター[@dream24_nishi]より 画像を見る

「決勝トーナメントのクロアチア戦翌日の昼食には、揚げたエビチリとマーボー豆腐、それに鶏もも肉などを出しました。食後、長友(佑都)さんに聞いたんです。『今日のランチはどうですか?』って。そしたら言ってくれましたよ、大きな声で『ブラボー!』って」

 

満面の笑みを浮かべてこう話すのは、サッカー日本代表帯同シェフの西芳照さん(60)。

 

カタールの地でワールドカップ優勝歴のある強豪国・ドイツ、そしてスペインを撃破する快挙を成し遂げたサムライブルー。彼らの活躍を食事の面からサポートしてきたのが西さんだ。その西さんが、代表選手たちに決まって供する勝負メシがあった。

 

「試合前の食事にはルーティンがあって。3日前の夕食が銀ダラの西京焼き、2日前がハンバーグで、前日夜は、うなぎの蒲焼き。これはカタール大会でも同様でした。初戦となったドイツ戦のときも、グループステージ突破を決めたスペイン戦のときも、前の晩のメインおかずは、うなぎでした」

 

蒲焼きをごはんにのせたうな丼スタイルで選手たちは食べたというが、これには深い意味が。それは、うなぎに豊富に含まれるビタミンB1で、疲労回復してもらおうという親心。さらに――。

 

「カーボローディングと言いますが、試合中にエネルギー不足を起こさないように、炭水化物をしっかり取って、筋肉と肝臓にグリコーゲンをため込んでもらおうという狙いです。そのためのおかずが、うなぎの蒲焼きなんです」

 

また、大会中で西さんにとって特に思い出深いシーンが2つあるという。1つは、今大会で抜群の人心掌握術が垣間見られた、サムライブルーの指揮官・森保一監督らしいエピソード。

 

「最後の試合が終わったあとに監督と少しお話しする時間があり、そこでお願いしたんです。『監督、写真1枚、撮らせてもらっていいですか?』って。監督はお疲れだったのに、快く受けてくれて。『2・4(ニシ)』とポーズまでしてくれたんですよ」

 

もう1つのシーンも、やはりクロアチアとの試合後のこと。日本代表にとって大きな目標だったベスト8入りの夢が惜しくもついえてしまった夜の出来事だった。

 

「選手たちは夜遅くまで集まって、話し込んでいたんです。たまたまそこに顔を出した私のことを気遣ってくれたんでしょう。川島(永嗣)さんが、こんなことを言いだしたんです。『ワールドカップの食事、ベスト3を決めよう!』って」

 

最年長のベテランキーパーの提案に、選手たちは快く乗った。西さんが、自身の地元・福島県いわき市小名浜産のサンマを使って作った「つみれ汁」を絶賛したのは、全試合でゴールマウスを守った守護神・権田選手だった。いっぽう、長友選手はというと。

 

「茶わん蒸しがおいしかったと言ってくれましたね。『僕は一気に2個いただきましたよ』って。すると、それを聞いた板倉(滉)さんが『僕なんか3個食べましたよ!』って」 彼らのほほ笑ましいやりとりを思い出しているのか、西さんの顔に、柔らかな笑みが広がっていく。

 

「なかでも、いちばん人気だったのが、現地で調達した青唐辛子とにんにくを刻んで作った、オリジナルのペーストでした。ちょっと辛いんですけど、ごはんだけでなく、おかずやサラダにかけてもうまいんです。酒井(宏樹)さんは『僕はこれさえあれば、おかずはいらない』とまで。しまいには『西さん、商品化しないんですか?』なんてことまで言ってくれて。楽しい思い出です」

 

少ししみじみとした面持ちになって、カタールの夜を振り返る西さん。そこには、理由が。

 

選手たちとの語らいの場面と相前後して、西さんはSNSに、こんなつぶやきを残していた。

 

《僕のA代表活動はワールドカップをもって幕はおりました》(原文ママ)

 

じつは西さん、今大会を最後に、長年務めてきた日本代表帯同シェフを卒業するのだ。つぶやきはこう締めくくられていた。

 

《今後ともサッカー日本代表をよろしくお願い致します》

 

4年後の大会で“新しい景色”を目指して再び闘うサムライブルー。そのときも、西さんの心は彼らとともにあるはずだ――。

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