■母の教えは「とにかく、笑っとけ!」
9月の予選会決勝で、理穂さんは同じデフリンピック日本代表の山田萌心選手(17・明誠高校)に敗れ、準優勝に終わった。
11月のデフリンピック目前の“ストレート負け”は気になるところ。だがそれよりも、ほとんどの選手がベンチコーチを帯同するなか、理穂さんが休憩中は一人でプレーを振り返り、局面でのタイムアウトも取らなかったところが、記者には興味深かった。試合後、理穂さんにたずねると……。
「ベンチコーチをつけなかったのは、一人で闘ってみようと思ったからです。デフリンピック本戦も、タイムアウトは1分だけ。短時間で、いいアドバイスを得られなければ、結局自分でコントロールするしかない。本戦を見据えてのトライアルでした」
では、そこで得たものは?
「気持ちがまだまだ弱いなあと。あっ、得たものだから違うかっ!」
小首をかしげるように笑った。ピンチに動じない対応力が父・真二さん譲りだとすれば、その笑顔は紛れもなく、母・千里さんの教えの賜物だろう。
理穂さんの実家には、壁一面に家族の笑顔ばかり集めた写真が、たくさんピンナップされている。それは母が「いい写真が撮れたら随時更新している」コーナーだ。
「母は『とにかく、笑っとけ!』が口癖なんです。人は暗くなったり、悩んだりするものだけれど、『笑う門には福来る』と。私がどんなときも自然に笑顔でいられるのは、母の教育です」
では、その母はいつ、どうしてその心境に至ったのかというと。千里さんは「それは自分に言い聞かせてきたことでもあります」と次のように明かしてくれた。
「理穂の難聴がわかったときもそうでしたが、泣き虫でクヨクヨする私自身の性格が嫌でした。だから理穂には『つらくても笑顔で頑張れば大丈夫。幸せになれる!』と口に出して伝えてきたんです。でも理穂を見ていると、私なんかより全然立ち直りが早いですよ」
そう、理穂さんは本戦直前の敗戦でも、試合が終わった瞬間から、次の勝利の糧にしていた。とびきりの笑顔を見せながら――。
理穂さんが言う。
「本戦直前でも取材を受けたのは、デフリンピックの存在をより多くの方に認知してほしいからです。私も中1でデフリンピックの存在を知って、そこで初めて卓球と自分に向き合えたんですから」
そして金メダルという目標には、もうひとつ大事な理由がある。
「これまで娘といっしょにいてあげなきゃいけない時間を削って、練習や試合に専念してきました。結莉には申し訳なかったですが、それだけに結果を出して『卓球を続けさせてくれてありがとう』という感謝の気持ちを伝えたいと思っています」
東京体育館で行われるデフリンピック本戦では、理穂さんは11月18日の混合ダブルスから登場する。
「5度目の出場で初の金メダルを獲得するママの姿を、娘に見せてあげたい!」
苦しい場面はあるだろう。でもそんなとき、彼女は自分自身と、日本中にこう呼びかける。
とにかく、笑っとけ――。
(取材・文:鈴木利宗)
画像ページ >【写真あり】手話もまじえながら語ってくれた亀澤理穂さん(他5枚)
