■スランプ脱出の裏に修一さんとのご飯会
坂本はスランプに陥ったことがある。高校2年生だった’18年2月に平昌五輪に出場し、’18年12月には全日本選手権で初優勝を果たして燃え尽きたのだ。そこに襲ってきたのがコロナ禍。
坂本の“緊急事態”にスポーツメンタルコーチングを学んだ修一さんが献身的に支えた。
「誰もが気持ちが落ち込みがちでした。このころ、お父さんがおっしゃっていたのは、『よく娘を食事に誘うんです。一緒にご飯に行こうか?』って。きっとその場で、何かを言うとか教えるとかではなく、ひたすら坂本選手の話を聴いてあげていたんだと思います。
私も講座では、スポーツメンタルコーチに大事なこととして『見守ることの大切さ』を伝えてきました」(前出・鈴木氏)
坂本の話を聞き、時には彼女を爆笑させていたであろう修一さん。
親子の時間が功を奏し、坂本はコロナ禍をむしろ再浮上のきっかけにした。
「コロナ禍の影響で利用していたリンクが閉鎖に。この状況に坂本選手は、“頑張ったもん勝ちや”とプラスに捉え、所属する企業の陸上部の練習に加わり、トレーニングに励んだそうです。
追い込み切れないと感じたときには、“『これぐらいでいい』と思えるほど自分は天才じゃない”と自らを叱咤したといいます」(スポーツ紙記者)
ミラノ・コルティナ五輪で公開練習後に報道陣の取材を受けた際には、「昨日も怖すぎて泣いたり、正直毎日今のところ泣いてて、もう試合したんかなと思うぐらい。もう帰ったら確実に胃腸炎になって倒れる未来しか見えない。もう全身ストレスかかってます」とあけすけに語っていた坂本。個人戦で銀メダルを獲得した後にも涙を流していたがーー。
「坂本選手のケースに合うかどうかわかりませんが、泣くことで気持ちを整えられることがあります。
しっかり泣けるということは、心にブレーキがないこと、変なこだわりなどなく、自然体で競技生活を送れていることの裏返しでもあると思います。
指導者や修一さんをはじめとする家族の方々が、坂本選手が自然体でスポーツに打ち込めるよい環境を作ってあげられていた証しがあの涙でしょう」(前出・鈴木氏)
ミラノ・コルティナ五輪では“悔し涙の銀”に終わった坂本。現役最後の世界選手権では、“うれし涙の金”を全国のファンは期待している。
