「9月の総裁選では、“安倍首相の3選”が有力視されています。今年4月には、財務省『財政制度等審議会財政制度分科会』で『厚生年金の支給開始年齢を65歳から68歳に引き上げる』という案が議論されました。すでに年金財政はカツカツですが、安倍首相が再選した場合、世論への影響を考えて、支給開始年齢の引き上げは“今年中”には実行しないでしょうね。しかし、こうした年金財政のなか、いつなにが起こるかわかりません。自分が受け取れる年金額は、自分の知識で守っていく必要があるんです」
そう話すのは、年金制度に詳しい経済評論家の加谷珪一さん。この支給年齢の引き上げに加えて、政府と財務省がもくろんでいるのは「支給年金の減額」だ。
「これは、現役世代から徴収する年金収入や、国庫金からの年金財源としての支出の上限を固定してしまう『マクロ経済スライド』によるもの。収入が固定されてしまうと、当然、それぞれに給付される年金額は大幅に減ってしまうというわけです」
年金減額も“待ったなし”の状態——この状況に、50代の主婦は不安を漏らす。
「65歳になっても年金が減るなら、60歳になったときに前倒しでもらっちゃったほうがいいんじゃないかしら……?」
厚生年金、国民年金の受給年齢を繰り上げた「前倒し」受給は果たして正しい手段なのか、加谷さんに解説してもらおう。
「前倒しの場合は、支給額は減りますが、早く受給できる。反対に、後ろ倒しの場合は、額が増えますが、死亡するまでに受給できる年数は減るんです」
加谷さんの試算をもとに、厚生年金、国民年金における、「60歳前倒し」と「70歳後ろ倒し」の場合の、死亡年齢(60〜100歳の範囲として)までの「生涯受給額」を折れ線グラフで表し比較してみた。
真ん中を通る「現行65歳」の線を軸に比較すると、まず前倒しの場合は76歳時点で同額となり、以降は年ごとに減っていく。
「後ろ倒し受給を選択したとすると、81歳まで生きれば、本来の65歳で受け取る額より多くもらえます。しかし、人はいつ自分が死ぬのかわからない、ということを念頭に置く必要があるでしょう」
一方、「前倒しにもデメリットがある」と話すのは、ファイナンシャルプランナーの中村薫さんだ。
「前倒し受給というのは、60歳から64歳までの段階で『65歳になった』と仮定されるものです。すると、60歳からの5年間は『国民年金の任意加入』の対象外となってしまうんです。なぜなら、65歳になってしまうと、この『任意加入』の制度は利用することができないからです」
中村さんが語る「国民年金の任意加入」とは、納付期間10年間という受給資格を満たしていない場合と、納付期間が40年未満の場合に追加で加入できる制度。60歳以降も保険料の納付済期間を増やすことができ、老齢基礎年金の額が増える。この制度を利用できなくなるのだ。
また前倒し受給には次のデメリットも。
【1】夫が前倒し受給した場合、実際より前に65歳になったと仮定されるので、65歳までのあいだに事故や病気で障害を負っても、「障害年金」の請求ができなくなる(障害年金は障害の度合いによって支給額がかわる)。
【2】夫が定年後の65歳で復職する場合、年金の支給停止期間中は厚生、国民どちらかの年金がもらえない。
【3】妻が前倒し受給した場合、夫が自営業で死別した場合に支給される「寡婦年金」ももらえなくなる。
前倒し、後ろ倒しそれぞれの受給方法はメリット、デメリットがはっきり存在しているので、しっかりと把握しておきたい。