「3月4日、僕は300作目の創作落語を発表する公演を予定していたのですが、新型コロナウイルスの感染防止のため、公演は中止に。代わりに、無観客で落語を収録した映像をYouTubeで公開しました。300年続く落語の歴史の中で、無観客の演芸場で落語をやったのは僕が初めてやないかなと思いますねぇ。無観客でやってみると、いままでは“いて当り前だった”お客さんのありがたみも、身に染みますよ」
そう笑顔で語るのは、桂文枝さん(76)。喜寿を迎える今年、「ますます落語家としての活動に身が入る」と話す。そんな文枝さんが50年間、司会として続けてきた番組が、新婚さんいらっしゃい!」(テレビ朝日系・日曜日12時55分〜)。
同番組は、’71年1月から放送がスタート。「いらっしゃ〜い!」と文枝さんのギャグによって登場する新婚夫婦が、司会陣と爆笑トークを繰り広げる様子は、いまでもお茶の間に笑顔を届けている。
『新婚さんいらっしゃい!』の醍醐味といえば、新婚さんの“ユニーク”さ。これまで登場した新婚さんは、4,500組を超える。
日曜日のお昼でありながら、新婦があっけらかんとした表情で、新婚生活の“夜”についてぶっちゃけるシーンを、一度は目にしたことがあるだろう。昨年10月20日の放送では、92歳の新婦・寺尾直子さんが登場し、番組史上“最高齢”を更新した。
「夫の勇さんも72歳。ゆっくり登場してこられたので、お2人が席に座るまでに、登場音が終わってしまいましたね(笑)。奥様はかつて東京の成城にお住まいの方で、品のある人でした。勇さんと結婚してからは、一緒に熊本の山奥で田舎暮らし。土地柄、お家によく虫が出てくるそうなのですが、『杖でつついて自分で退治する!』とおっしゃっていて。“まだまだ元気な人やなぁ!”と」
緊張してしまう新婚さんも多いそう。
「緊張のあまり唇が乾燥して、歯にくっついて取れなくなったダンナさんもいました。そのときは、僕がメークさんから霧吹きを借りて、歯に吹きかけて取ってあげたのです」
剣道有段者の奥さんが来たときは、「頭を竹刀でたたかれて、膝から崩れ落ちたなぁ……」と、文枝さんも思い出を振り返れば枚挙にいとまがない。こういったさまざまな新婚さんとの出会いは、そのまま文枝さんの“芸”にも生きた。
「芸人をやっていると、バスの運転手さんや鉄工所に勤めている人とかめったにしゃべることはできない。でも、僕はこの番組でいろんな職業の方としゃべることができる。落語の中にもいろいろな職業の夫婦が出てくるわけですから、新婚さんのしゃべり方や性格や雰囲気を見ることで、どう演じていくかの勉強になりますね」
文枝さんの“名物芸”といえば、番組内で、新婚さんの突飛な発言に対し椅子から転げ落ちる通称「椅子コケ」。あの名物芸が生まれたのは、新婚さんへの“優しさ”からだったようだ。
「新婚さんは一般の方ですから、芸人相手のような、きつい言葉でツッコむとびっくりしちゃうでしょ。だから『え〜!』って椅子からコケることをツッコミの代わりにしました。どんなにド派手なコケ方をしても、50年間ケガをしたことはないのです。パリなど海外で公開収録を行うこともあるのですが、僕の椅子は空輸で現地に持っていっているんです(笑)」
まだまだ新しいことに挑戦し壮健な文枝さん。次なる目標についても語ってくれた。
「南極で『新婚さんいらっしゃい!』をやってみたいですね。南極の昭和基地に新婚さんもいるやろうから。収録が終わったら、南極の雪に閉ざされている人の前で落語をやってみたいなと。外ではペンギンを集めて、ペンギンの前でも落語をやりたい。反応がなくても、僕は“無観客”を経験していますからまったく問題ありません(笑)」
コロナ禍で鬱々とした気分を吹っ飛ばすような、文枝さんと新婚さんの掛け合いは、まだまだ続く!
(取材:インタビューマン山下)
「女性自身」2020年4月14日号 掲載