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あなた、助けて。そう言い残し、29歳で逝った最愛の妻の死を無駄にしたくない。その一心で、災害や病死、あらゆる理由で親に先立たれた子どもを救うべく立ち上がった「あしなが育英会」の玉井義臣(よしおみ)会長(85)。大切な人が奪われる痛みを知っているからこそ、人の心に寄り添える。このコロナ禍でも、40億円もの財源不足があったにもかかわらず、奨学生に1人15万円の支援を実現したのだ。

 

玉井さんが遺児への支援活動を始めたのは、母が交通事故で亡くなったことがきっかけだ。それから現在の「あしなが育英会」の前身となる「交通遺児育英会」を設立し、より多くの子供を救うために奔走してきた。

 

交通遺児救済にまい進するうち、玉井さんはすっかり婚期を逃していた。気がつけば48歳。

 

「モテたことがないんですよ、うっふっふ。仕事が忙しくてね」

 

しかし、出会いは突然やってきたという。

 

「彼女の文章力を買って、機関紙編集の助っ人を頼んだのですが、仕事に打ち込む姿がすがすがしくてね。彼女といると、やすらぎ、落ち着き、少年のようになれた。あんな気分になったのは初めてですよ」

 

このとき出会った女性・由美さんは23歳。玉井さんとの年の差は25歳!

 

「由美は形にこだわらず、大胆でしたが、結婚となると話が違うと考えたのは僕のほう。年の差とは僕が先に死ぬことです。これは『越えられない神のハードルだ』と、僕は由美に言ったんです」

 

それからしばらくたったある日、由美さんは突然、こう告げた。

 

「私はあなたを愛しています」

 

思わず、「からかっているのか?」と、問う玉井さんの瞳をまっすぐ見つめて、由美さんは言った。

 

「私、真面目です」

 

神のハードルをひらりと飛び越え、由美さんは玉井さんの心にまっすぐ飛び込んできた。

 

残酷な運命が待ち構えていることなど気づきもせずに――。

 

その少し前から、右手の痺れを感じていた由美さんは、大学病院で検査を受けた。頸椎に、がんができていた。由美さんは、玉井さんには動揺を見せなかったが、日記には「辛い、怖い」と書いていた。「独身でよかった」とも――。

 

今度は、玉井さんが神のハードルを飛び越える番だった。

 

「結婚しよう」

 

85年11月、山王日枝神社で簡素な式を挙げ、高輪に新居を構えた。由美さんは、すでに包丁も握れなかったが、幸せだった。

 

由美さんは気丈な人だった。しかし、結婚から1年もたたずに、日常生活がままならなくなり、実家で療養することになる。

 

「由美はもう日記も書けず、1人ではトイレまで歩けなくなっていました。夫たる僕は何も知らず、仕事なるものに追われた、ただの日本の男だったんです」

 

がんは、大きくなっていた。87年5月、腫瘍切除の手術を受けた由美さんは、首から下をほとんど動かせなくなった。夏過ぎには水頭症の手術を受け、12月に入ると、気管切開をして、人工呼吸器をつなぎ、声を失った。

 

玉井さんは、由美さんの唇の動きを必死に読んで会話を続けた。入院中は夜6時からの3時間が、夫婦の時間だ。

 

「この3時間のために、私、生きているのよ」

 

声なき声で、そう言った妻……。

 

「あなた、助けて。苦しい」

 

由美さんが、初めてそう訴えたのは、89年の七夕の夜だった。8日深夜には、当直の看護師から電話が入った。病院へ駆けつけると、由美さんは必死に呼吸をしているようだった。

 

「愛してるよ、由美」

 

玉井さんが言うと、ふっと表情を和らげた由美さんの唇が動いた。

 

「ありがとう、あなた」

 

9日午前6時20分、永眠。享年29。玉井さんが自宅に帰ると、雨がベランダをぬらしていた。

 

「出会って5年半。本当に短い間だったけれど、由美は精いっぱい、私に人生を味わわせてくれました。妻の死を無駄にしないためには、交通遺児だけでなく、災害や病死、自死など、あらゆる理由で親を亡くした子どもも救わなければ」

 

そう決意した93年、玉井さんは新たに「あしなが育英会」を設立している。完全な民間任意団体だ。それは今日まで歩みを続け、そして、さらに支援の輪は広がっていく。

 

「もう、ふろしきを広げるだけ広げて、ラッパを吹いときましたから(笑)。時間はかかりますが、早い段階から『100年構想』と打ち上げて、放っておけば、どんどん真実になっていくんです」

 

理想を掲げれば、人はついてきてくれる。その考えにブレはない。半世紀をかけて玉井さんが支援してきた奨学生は延べ12万人。その一人一人が、次のあしながさんになっていく。他者のために行動する人に育っていくのだ――。

 

「女性自身」2020年9月22日号 掲載

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