「コロナ禍ではオンラインでご公務をされたりと新しい取り組みをしていらっしゃる。幅広い興味をお持ちですし、ご自身がやりたいことをなさっていただきたいです」
雅子さま(57)の現状に、そうエールを送るのはご学友の清家ルリ子さん(56・旧姓村岡)。12月9日にお誕生日を迎えられた皇后陛下、雅子さま。本誌が清家さんにお話を伺ったのは、その翌日のことだ。
「家が近所だったので、学校の行き帰りもずっと一緒でした」
そう話す清家さんは小学3年から高校1年まで田園調布雙葉学園で雅子さまと同級生。さらに、中学時代は同じソフトボール部のチームメイトで苦楽を共にした仲。
「ソフトボール部は私たちの代からなんです。雅子さまを含めたメンバーでつくろうと盛り上がり、中学2年生時に立ち上げました。3年のときには世田谷区大会で優勝しています。まぐれですけどね」
創部わずか1年で優勝という快挙には、こんな裏話が……。
「最後に残ったほかの2校はどちらも優勝候補で体格もよく、やじもすごかったんです。私たちはカトリックの学校で女子だけで育ってきているので、そういうのは全然、わかりませんでした。
そこで初めてやじを学び、負けずにやじを飛ばして。そうしたら、相手チームもカッとして、逆にエラーをしたりして勝てたみたいなものです。どんなやじだったかは、ちょっと言えませんけれど(笑)」
雅子さまがやじとは、いまとなっては驚きだ。その後、雅子さまのご留学などで頻繁に会えなくなってからも交流は途絶えず、清家さんの結婚式では雅子さまが介添え役をされた。
「22歳くらいのときです。介添え役の雅子さまと私の歩く速度が速くて、司会の方に『もっと、ゆっくり歩いてください!』と注意されて、みんなに笑われながら2人で歩いたのもいい思い出ですね」
取材中、時折、雅子さまを“オワ”(旧姓が小和田のため)と呼ぶ清家さん。懐かしさのあまり当時の呼び名が出てしまうようだ。