【前編】子宮・卵巣を全摘出、脳に腫瘍…大病の末に北新地放火殺人事件で兄を亡くした伸子さんから続く
「あなたも、しんどいことがあったら連絡してくださいね」
穏やかな口ぶりで、本誌記者に語りかける伸子さん。放火事件で兄を亡くした過去を持つ。「なぜこんな目に」。自らを襲った不条理に苦しんだ。
そんな彼女は、1年前から僧侶となるための修行を始めた。自らもやり場のない悩みや怒りを抱えたからこそ、人々の心に寄り添える。
晴れやかな表情を浮かべるようになるまでの道のりとは──。
翌’22年2月、クリニックと提携し患者に仕事を紹介していた業者が中心となって、オンラインサロンがスタートした。クリニックの元患者たちがオンラインで集う場だ。少しでも元患者たちの力になりたくて、伸子さんも参加した。
でも、ただただ、患者さんの話を聞くことしかできなくて。私がいるということで皆さん、気を使ってくださっていることもわかりました」
患者のなかには、自分も事件に巻き込まれていたかもしれないと不安にさいなまれる人や、事件に遭わず無事だったことに負い目を感じてしまう人もいた。
さまざまな声を聞くうちに、伸子さんは、何を言っていいのかわからなくなった。言いたいことが浮かんでも、言っていいことなのかもわからない。
もともと伸子さんは歯科医師。心療内科の知識もなく、カウンセリングの技術もない。そこで、かつて兄がカウンセリングの指導を受けていた公認心理師の土田くみ先生にカウンセリングの基礎を学ぶことになった。
「基礎講座では、“傾聴する”ということを教わりました。それは“人の心に寄り添うこと”でもある、と。私がしたかったのは、これだという感触があったんです」
3年連続で大病をして、命の期限を意識してから、伸子さんは少しずつ変わり始めていた。
明日死んでも後悔しないように、今、やりたいことをやろう。言いたいことを言おう。明日は、何が起こるか誰にもわからない。
その思いは、兄の事件でさらに強くなっていた。
「何か話したいことがあったら来て。話、聞かせてほしい」
基礎講座を終え、そう友人たちに声をかけると、思っていた以上に相談したいという人は多かった。悩みの大小はあっても、誰もがなにがしかの悩みを抱えて生きていた。
「言いたいことを話し終えると、皆さん、それまで張り詰めていたものがスーッと抜けて、凝り固まっていた心がほどけていくような感じを受けたんです。“心に寄り添うこと”の大切さを実体験として感じることができました」
悩みのある人が、お茶を飲みながら気軽に話し、相談できる場所を作ろうと、土田先生と一緒に始めたのが「ナチュラルカフェ」だ。