「厚生労働省が7月に発表した’24年の財政検証では、はじめて性別、年代別の年金額が示されました。それによって、深刻な男女格差が明らかになったのです」
そう話すのは、ニッセイ基礎研究所准主任研究員の坊美生子さん。財政検証とは、5年に一度公的年金の財政状況や今後の見通しをチェックするものだ。前回までは、40年間平均的な収入で働いた夫と専業主婦の妻を「モデル世帯」として、夫婦2人分の年金額を発表してきた。だが、現実は共働きやおひとりさまの世帯も増え、モデル世帯と乖離があるという指摘も多く、今回ようやく、個人単位のデータが示されたことになる。
財政検証では、今後の経済の成長度合いによって4つのパターンが提示された。ここでは、坊さんが「もっとも現実的」と話す「過去30年を投影したケース」を取り上げ、詳しく見ていこう。
別添の棒グラフは、各年齢の人が65歳で受給を開始した場合に受け取ることのできる年金額の見通しを表している。たとえば上から4段目、今年度中に50歳になる人を見ると、平均受給額は女性が月9万8千円で、男性は月14万1千円。女性の平均額は男性のじつに7割以下だ。また、受給額の分布で「月10万円未満」に注目すると、男性は約2割の少数派になるが、女性は約6割の人が該当する。
厚生労働省は国民の可処分所得を基に、中央値の半分を「貧困線」、貧困線を下回ると「相対的貧困」と定義する。現在の貧困線は年127万円、月換算では10万6千円だ。
「将来の年金が10万円未満でひとり暮らしの人は、年金以外の収入がなければ相対的貧困に相当します。50歳女性の約6割にとっては他人事ではありません」(坊さん、以下同)
恐ろしいデータだが、年金受給額の格差は、厚生年金の加入期間の差によるところが大きいという。50歳女性の厚生年金平均加入期間は22.7年。男性より11年以上短い。
「50代の女性は結婚・出産を機に退職して専業主婦になった人や、育児の手が離れてもパート勤めの人が多いです。そのため、厚生年金の加入期間が短いのでしょう」
だが、危機感を覚える人は少ないかもしれない。「自分の年金が少なくても、夫の年金もあるから大丈夫」と考える人が多いからだ。とはいえ、女性は男性より平均寿命が長く、妻は夫を見送り、いずれおひとりさまになるケースが多い。なかには「遺族年金があるから大丈夫」と考える人もいるだろう。しかし、坊さんは次のように警鐘を鳴らす。
「遺族年金は、夫の年金額から基礎年金を差し引いた残りの4分の3の額。’22年度のデータで遺族年金の月額は、自分の基礎年金を含めて10万円未満の人が約65%もいます。夫の年金額が相当高くなければ、遺族年金だけで余裕のある生活を送るのは難しいのが実情です」
また、「熟年離婚をしても年金分割があるから大丈夫」と言う人もいるが、’22年度の離婚件数約18万件のうち、年金分割が行われたのは約3万件にすぎないというデータもある。
「今の50代や、さらに高齢の女性は、おひとりさまになると月10万円未満という低年金に陥るリスクが高い。夫亡き後の年金額を確認し、準備する必要があります」
たしかに50代は、結婚して寿退社が多かった世代。だが、最近の20~30代は、結婚・出産後も退職せずに働く人が多いのでは?
「女性の年金の平均受給額は、若い世代ほど増えています。しかし、月10万円未満にあたる人は、20歳女性でも36%、30歳では45%もいます。男女の平均受給月額は、20歳でも約4万円もの差があるのです」
長く働く女性が増え、厚生年金の加入期間が延びているのに、男女格差はなぜ埋まらないのだろう。
「老後に受け取る厚生年金の金額は、現役時代の給与水準が反映されます。若い世代でも、男性に比べ女性は給与水準が低いため、将来の年金にも格差が生じるのです」
老後の年金額を上げるためにはどうすべきなのか。
「長く働き、厚生年金の加入期間を延ばすこと。そして、キャリアアップして給与水準を上げることがとても大切です」
50代からだと難しそうだが……。
「まずは健康と体力を維持して、極力長く働くことを目指しましょう。賃金アップも狙ってください」
読者世代には、パート勤めの人も多い。
「10月から、パートなど短時間労働者の厚生年金加入が、従業員数51人以上の企業にまで広がります。厚生年金に加入すると、保険料を払うため手取りが減ってしまうと目の前のお金を計算しがちですが、公的年金は“死ぬまでもらえる大きな安心”です。
おひとりさまになっても困らないために、自分の年金を増やす努力をするよう心がけましょう」
国はもっと早くから、男女別・世代別のデータを公表すべきだったと坊さんは言う。
「モデル世帯だけの公表は『夫がいるから大丈夫』という間違った安心感を植え付けたと思います」
国は厚生年金の加入拡大をさらに進め、配偶者に扶養される「第3号被保険者制度」の見直しも視野に入れる。老後資金不足に直面しないためにも、いまから自分が貰える年金と、きちんと向き合っておくことが不可欠だ――。