「昨年夏、スーパー戦隊シリーズ放送開始50周年、『超力戦隊オーレンジャー』30周年という節目で、レッドの宍戸(マサル)君などメンバーが集まったイベントがあったんです。多くのファンに愛されていることを実感していたので、報道で『戦隊シリーズが終わる』と聞いたときはびっくりしました」
こう語るのは、さとう珠緒さん(53)だ。今年2月に休止したスーパー戦隊シリーズは、自身のキャリアに大きな影響を与えたと振り返る。
「『オーレンジャー』出演は、グラビアや深夜のドラマに出させてもらい始めたころ。最初、オーディションに受かるわけないと思っていたのですが、2次審査、3次審査と進んで人数が減っていくうちに“絶対に選ばれたい”という気持ちが強くなっていきました」
いつもアクション演技の審査でうまくいかなかったため、最終審査前には空手の指導を受けた。
「ところが、最終選考にアクション演技の審査がなくて……。オーディションを終えても残念な気持ちが残っていたから、もう一回会場に戻って『やっぱり、アクションをやってみたいです』と申し出たら、『受かってますよ』と言われて、すごくうれしかったんです」
しかし、クランクイン初日から自信を失うことに。
「1月くらいの、寒い雪山での撮影でした。それなのに、氷が張っている川に入るシーンで“1年、やっていけるのだろうか”と不安になりました」
朝6時に東京の東映撮影所に集合し、ロケバスで数時間かけて移動することが多かった。
「戦隊モノにつきものの爆発シーンが撮影できるところは、都心から離れた、限られている場所だから。爆発はすごく怖くて『ここで爆発します』と説明されても、あまりにも怖いから目印のだいぶ前からリアクションをしてしまい、よく怒られました(笑)」
ミニスカートだったため、知らぬ間に脚にケガをしたり、アザができることも珍しくなかった。
「イエローの樹里(麻生あゆみ)は、並行してキャンギャルもやっていたので大変だったはず。そんな経験もあったため、樹里が水着になる回があったんです。ハイレグ姿で怪獣と戦う姿は、なんとも不思議でした」
同作品を足がかりに、ドラマやバラエティ番組のオファーが増えていったという。
「それだけ多くの人から愛された作品。スーパー戦隊シリーズが休止するのは寂しいですが、いずれみなさんのお声があって、復活することがあればうれしいです」
『超力戦隊オーレンジャー』(テレビ朝日系、1995~1996年)
スーパー戦隊シリーズ20周年作品。オーレンジャーは“超力”を武器にマシン帝国バラノイアに立ち向かう。原点回帰のシンプルで王道な展開が子どもたちに受け、グッズ売り上げがシリーズ屈指となる人気作に。
【PROFILE】
さとう・たまお
1973年生まれ、千葉県出身。スーパー戦隊、『出動!ミニスカポリス』の出演後、ぶりっ子キャラで大ブレイク。数多くのドラマ、バラエティ番組で活躍する。
