母親兼事務所社長として、アンナさんを守ってきた眞弓さん。着物の着付け師でもあった(写真:本人提供) 画像を見る

「ママの最期は、私の家族と仲間たちで介護のシフトを組んで、自宅で看取ることができました」

 

モデルで歌手の土屋アンナさん(42)の母で事務所の元社長。着物の着付け師でもあった土屋眞弓さん(享年67)は、昨年12月に膵臓がんで天国に召された。

 

「ママは言葉が強くて、しょっちゅう言い合いをしていました。そんなママが’24年ごろから、ゲップをしたときに異臭がしたり、体重が減って足が痩せたなと思っていたんです。そんななか、6月に仕事で一緒に韓国へ行くことがあって、空港の喫煙所で、けいれんするように震えて吐いたんです」

 

直後、検査をして膵臓がんステージIVが判明。余命1年と宣告された。

 

■余命1年を理由にケンカをすることも

 

「私もいろいろ調べたけれど、生存は難しい。でも母の“生きたい”という思いは強かった。私の膵臓をあげられたらと思いましたが、それも叶わない……。

 

そこから母と病との“闘い”が始まりました。ママはふだんよりさらに性格がきつくなって『余命1年を理由にいろいろ言うけど、人の寿命は誰にもわからないのに』と、ケンカもよくしました」

 

抗がん剤治療を始め、眞弓さんは入退院を繰り返すように。

 

「持ち物の整理などの話になって『悔しい~』と泣き出した母を目にしたとき、私、何もしてあげられない、チクショー!って悔しかった。でも、私がママの思いを残してあげなきゃ、というスイッチが入った気がします」

 

眞弓さんは離婚後、女手一つで2人の娘を育てあげた。事務所の社長としても母に守られていたアンナさんが、母を守る側へとシフトした瞬間だったと振り返る。

 

アンナさんも澄海くん(21)、心羽くん(16)、星波ちゃん(9)虹波ちゃん(7)の4人の母だ。

 

「母は何でも料理は手作りで、誕生日ケーキも手作りでした。『食は生きること』という母の思いを受け継いで、いま、4人の子どものご飯に命かけてます!」

 

病と闘いながら眞弓さんは、自身の波瀾万丈な人生をつづった本『人生、あれかこれか』(小学館)を’25年5月に出版。アンナさんには「いつか、読みたくなったら読んでね」と、言葉を残したという。

 

昨年の夏、膵臓がんが進行するなか、アンナさんと眞弓さんは、鹿児島県の加計呂麻島(かけろまじま)を一緒に旅行した。

 

「5日間、私たちは民宿に泊まり、はだしでTシャツ1枚。バブル世代で高級ホテルやオシャレが大好きなママは、最初は文句を言いながらも、一緒に海に入り、体力のない母が波に流されそうになるのを私がレスキューしたり、大好きなお酒も楽しんで。最後に『あなたの趣味がわかったわ』と言葉をかけてくれたのがうれしかった」

 

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