「事件に巻き込まれたとき、弟は30歳でした。それが今では90歳になり、すっかりおじいさんになってしまいました。昔の若かった頃の姿に完全に戻してくれとは言いません。しかし、これで終わりにしていい問題ではありません。
なぜなら、日本にはまだ死刑制度が残っているからです。そして、国民の間にも死刑を容認する声が今なお根強くあります。私は、死刑制度が一日も早く、この世からなくなることを心から願っています」
6月末、パリで開かれた「死刑廃止会議」で、そう訴えたのは袴田ひで子さん(93)だ。
ひで子さんの弟・巌(いわお)さんは、今から60年前、当時勤務していた静岡県の味噌工場で発生した一家4人の強盗殺人事件の犯人とされ、死刑判決を受けた。しかし、2024年9月26日、再審で無罪判決が言い渡され、10月に無罪が確定した。58年に及ぶ冤罪との闘いに終止符が打たれた。
ひで子さんはパリでの会議でも、「冤罪を訴えて58年間闘ってきた」と振り返り、冤罪事件で取り返しのつかない結果を生む可能性がある死刑制度の廃止を強く訴えた。
巌さんが無罪を勝ち取ったあとも、ひで子さんは「弟だけよければいいという問題ではない」と語り、今国会で審議中の再審法改正案についても、「現行制度では冤罪被害を十分に救済できない」として、より実効性のある法改正を求める活動を続けている。
■「日本よりも世界のほうがひで子姉さんを待っていた」
「巌は今でも妄想の世界にいるんです。長年の拘禁による後遺症は、なかなか治りません。だからこそ、死刑制度はなくなってほしい。パリでのスピーチでは、そのことも訴えました」
会場の反応は、ひで子さんの想像を超えるものだったという。
「良かったと思います」
そう穏やかに振り返るひで子さん。一方、長年巌さんとひで子さんを支援し、今回のパリ訪問にも同行した猪野待子さんは「日本よりも世界のほうがひで子姉さんを待っていたんじゃないかと思いました」と話す。
会場では人権担当大臣や世界会議の主催者らがひで子さんを出迎え、スピーチ後には大きなスタンディングオベーションが送られた。10代の若者たちとの交流では、「今どんな生活をしているのか」「拘禁による後遺症とはどのようなものなのか」といった質問が次々と寄せられ、涙を流しながら耳を傾ける参加者もいたという。
ひで子さんも、「日本では『どうして頑張れたんですか』と聞かれることが多いんです。でもパリでは、『なぜそんな事件が起きたのか』『なぜ47年7カ月も拘置されていたのか』など、日本の司法のおかしさや、事件そのものについて知ろうとする質問が多かったですね」と振り返る。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領(48)とも言葉を交わす機会を得た。
「日本にはまだ死刑制度が残っています。死刑制度がなくなるよう、ご協力をいただきたい」
ひで子さんがそう訴えると、マクロン大統領からは「日本を訪れるたびに、その時々の総理大臣に死刑制度廃止を働きかけているが、なかなか聞き入れてもらえない」という趣旨の言葉が返ってきたという。
