【前編】「思っていた以上に打たれ弱い人間だった」山下泰裕が語る頸髄損傷事故直前まで感じていた“想像以上の重圧”から続く
ロサンゼルス五輪の柔道無差別級の金メダリストであり、数々の記録を残し、「世界のヤマシタ」として伝説的な存在となった男の人生が突如変わったのは3年前のことだった。なぜ山下泰裕さんは、車いすに乗りながら、若者たちの目の前で語り続けるのか。いまも“攻めの姿勢”を続ける彼の背中を押したのは愛妻の言葉だったという――。
「あの日、家族と箱根温泉に日帰り旅行に行ったんです。私は次男とともに、サウナや露天風呂でリラックスしていました」
’23年10月29日のことである。岩風呂につかっていた山下泰裕さん(69)は、「おい、そろそろ上がるぞ」と次男に声をかけた。そしてスッと立ち上がった瞬間に「意識がなくなった」という。
露天風呂を囲んでいる岩縁から約2メートルある急傾斜を、当時108キロの巨体が頭から転げ落ちたのだ。
「大丈夫ですか?」
近くで入浴していた客の一人が駆け寄って、大声で呼びかけてくれた。気が付けば急斜面にいて、
「頭が下になって、両足は上を向いたまま。足はまったく動きません。担架で救急車へ運ばれるときにも、力が入らない手足がダラーンと下がったままでした。『これは神経が切れているな』と自覚しました」
次男がすぐに、妻・みどりさんを呼びに行っており、家族が同乗した救急車は東海大学病院へ。
医師による診断は、「頸椎骨折および頸髄損傷」。首の部分の脊髄が傷つき、脳からの指令が手足に届かなくなるという、深刻な重傷を負っていた。
最も重篤な場合は心停止や呼吸停止で死亡することがあり、治療後も四肢の麻痺や、自発呼吸ができなくなるなどの重い障害が残るケースも多い。
山下さんは集中治療室に運び込まれ、腸骨を削って首に移植する大手術が行われた。
