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ちょっと秋めいて涼しくなってきましたね。片岡愛之助でございます。

雨も降っていますが、気温的には過ごしやすい数日が続いております。

僕はいよいよ地元・大阪入りし、本日、9月1日より大阪松竹座で『もとの黙阿弥』を上演いたしております。

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左から真飛聖さん、早乙女太一さん、僕、貫地谷しほりさん、波乃久里子さん。
大阪松竹座『もとの黙阿弥』(C)松竹

 

公演中は、普段、楽屋ではうなぎ弁当とか焼肉弁当とかで精をつけることが多いのですが、大阪に帰ってくると、口にする機会が多くなるのがカレーです。

6月の大阪松竹座『鯉つかみ』公演のときも、お稽古のときからみんなとよく行ったのが劇場から歩いて2分くらいの近くにあるインデアンカレーでした。

大阪には5店舗くらいあって、東京にも丸の内に1店舗だけできた、知る人ぞ知るカレー屋さんです。

中はカウンター1つしかなくって、メニューもカレー1つだけ。オプションで大盛にするか、生卵を追加するくらいしかできません。付け合わせも、福神漬けではなく、酢づけのキャベツです。

あっ、辛さは選べます。ケンケン(尾上右近くん)は大盛にしてさらに卵を2個にしていましたね。食べ盛りです。

 

僕も今はそれほどでもありませんが、若いころは大食いで逸話が残るくらい、食べてましたね。

忘れもしません、20~21歳ぐらいのときですか。襲名して間もなくのことです。

兵庫県の姫路文化会館の隣に、今でもあると思うんですけど、カレー専門店のCoco壱番屋があったんです。

そこで大食い無料の張り紙を、ウチの父(片岡秀太郎さん)が見つけてきたんです。大盛カレー20分以内に食べたらタダ!

「こんなのあったから、やったら?」

ウチの父は、そういうことを平気で緊張している開演前の僕らに言うんです(笑)。

半分親切で言ってくださっているのはわかるので、「開演前にやったら死んでしまうので、じゃあ終わってからにしてください」。

本当に、終演後、僕と弟子の片岡千蔵さんの2人が挑戦させられたんです。

Coco壱1.3キロカレーって、もう見たら笑いますよ。ご飯てんこ盛り。もうほんとの漫画盛りなんです。こんな超山盛りを20分以内に食べる 。一瞬で、「これは無理やろ」とひるみましたね。

横で秀太郎さんはニヤニヤしてますよ。やりたくないのに、山盛りカレーを目の前に置かれ、用意スタートで置かれるんですけど、カレールーはおかわり自由なんですよ。

考えたら早く食べたからといって、無料になる以外に商品は出ない。20分以内なら、19分50秒で食べればいいわけでしょう? そんなに必死になることないなと思い、時計を見ながらずうっとペースを守って食べ続けましたね。それでも、ペースは千蔵さんよりちょっと早かったくらい。チラッと見ると、もう千蔵さんは必死になってましたね(笑)。

それほどしんどくはなかったですよ。あ、いけたいけた。完食みたいな感じで。今では無理ですけどねよ。今いけるのは弟子の愛一郎ぐらいです(笑)。

食べすぎたので、駅まで歩いてこうかという話になり、千蔵さんがしんどそうだったので、僕は自動販売機でジュース買って千蔵さんにあげたんですけど、彼は受け取りながらも、「もう何も入らない」って。「あ、そうなん?」と、僕は意外と平気で、ジュースを飲みながら歩いていましたね。

大食い伝説、終了です(笑)。

 

さて、テレビ番組です。9月3日は、BS日テレ『片岡愛之助の解明! 歴史捜査』(木曜日21時~)で『徳川の城~江戸城~』を放送いたします。

江戸城、現存してほしかったですよね。今も、皇居に行くと、松の廊下跡などは見られるんですよ。この松の廊下こそ、忠臣蔵の発端となった浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷に及んだ史実の場所でございます。

古典歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』では、江戸の昔は実話は御政道を批判すると実名での上演は禁じられておりましたから、時代は江戸時代から室町時代に移し、大石蔵之助は大星由良助となって登場します。

江戸城には大奥もあり、現存していないだけに謎だらけ。きっとみなさんの好奇心も満足させてくれることと存じます。

 

それと『刑事7人』(水曜日21時~、テレビ朝日系)ですね。9月2日放送の第8話は、刑務所をもうすぐ刑期満了で出る受刑者が殺され、千円しか持っていないはずが8千899円も持っていたという謎から事件が展開していきます。

個性派ぞろいの警視庁捜査一課12係の面々がどんな活躍をしてくれるのか――。

 

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撮影終わって、東映のスタジオの外で決めてみました。
テレビ朝日『刑事7人』(C)加治屋誠

 

みなさんも、晩夏をカレーで乗り切ってくださいね!

 

片岡愛之助

 

プロフィール

1972年3月4日生まれ。’81年12月、十三世片岡仁左衛門の部屋子となり、南座『勧進帳』の太刀持で片岡千代丸を名乗り初舞台。’92年1月、片岡秀太郎の養子となり、大阪・中座『勧進帳』の駿河次郎ほかで六代目片岡愛之助を襲名。’07年12月上方舞・楳茂都流の四代目家元を継承し、三代目楳茂都扇性(せんしょう)を襲名した。