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8月某日 北イタリア・パドヴァ

イタリアへ戻る直前に、NHKのイタリア語の番組からインタビューを受けました。考えてみれば、自分の漫画についてだとか、破天荒だった今までの人生についてのインタビューは今まで沢山受けてきましたが、私が17歳からしゃべり続けているイタリア語について、それをどのように習得したのか、渡伊前には既に学んでいたのか、イタリア語をしゃべる普段の暮らしについてなどを質問されることは、一度もありませんでした。

イタリア語講座の番組と言えば、テルマエ・ロマエにケイオニウス役で出演された北村一輝さんがロケ中に「イタリア語めっちゃいい。凄く自分に合う気がするから、帰ったらイタリア語講座の番組に出たい。交渉してもらう」みたいな事を宣言し、そして本当にレギュラー出演を叶えたというエピソードがありますが、実は私、この番組をしっかり見た事がありません。日本に暮らしていないのだから当たり前ではあるのですが、そもそもこの番組がスタートしたのは私がイタリアへ行った後の6年後ですし、フランス語や英語と違ってしゃべれる国が、イタリア本土という狭いテリトリーでしかないこの言語の講座がテレビで放映されるなんて、一体どこの誰が見るのかしら、ぐらいに思っていました。

 

日常のやりくりのなかで、気がついたらイタリア語が出来るようになっていた

当時私は滅多に日本へ帰れなかったこともあり、バブルからその衰退期にかけて、イタリア料理やイタリア語がブームになっていた事を知る由もありませんでした。確かに、当時暮らしていたフィレンツェも、最初は数十人という単位で数えられた在住日本人だったのが、語学を名目にした短期留学の人たちがめきめきと増え、それに対応する為の私設の語学学校の数もどんどん多くなり、あれよあれよという間に何千人レベルの日本人が暮らす街になっていったわけです。

しかし、私にとっては日々苦渋を噛み締めるしかなく、貧乏どん底の中で生き抜いて行くのが本当に大変で、毎日誰かと喧嘩をしたり争わねばならない国であるイタリアに、素敵な夢や希望を持ってやってくる日本の人たちがいる、というのがどういう事なのかその現状を理解できていませんでした。なんせ私はもともとイタリアに来る事を希望していたわけでも、イタリアに住みたかったわけでもないのに、絵画を勉強するという目的のみにしがみ付いて日々やりくりしていたので、イタリア語は気がついたら出来るようになっていたのです。

というと、非現実的に聞こえるかもしれませんが、とにかくフィレンツェに到着したその日から、家探し、美術学校の手続き、滞在許可証の申請といった、イタリア語が判らなければどうにもならない諸事を、辞書だけをたよりにこなしていかなければならず、しかも見つけた家では家賃をぼったくられ、同居人のカップルが毎日流血の喧嘩をしては私を巻き込み、最終的には警察に立ち会ってもらう状態でその家から引っ越さねばならなかったりと、最初の1年目の記憶は正直何も定かには思い出せません。それくらい、怒濤の日々でしっちゃかめっちゃかだったからです。

ですが、イタリア語は何故かできるようになっていたのは本当の話です。苦労を処理していくというのは、言語習得能力を高める効果があるのでしょう。でも何よりも、フィレンツェに住み始めて間もなく現地の学生と恋愛をしたのが一番大きかったかもしれません。好きな人とコミュニケーションを取りたいと思う気持ちも去ることながら、私はこの辛辣な恋人に日々自分の文法の正しくないイタリア語を笑われ、叱られ続けました。

挙げ句、彼は元カノのフランス人女が置いていったというイタリア語教本を私に差し出し、宿題を出したりもしていました。「たのむから早いところまともなイタリア語がしゃべれるようになってくれよ」と。今考えれば人の傷つくことを平気で放言できる冷たい男でしたが、嫌われたくない私は必至で勉強をしたものでした。最終的にはこの人とはその後11年間も一緒に暮らす事になるのですが、やはりそれが、イタリア語習得には一番効果的だったと言えるでしょう。

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日本人は周りを気にしすぎて言葉がなめらかに出てこない

ちなみに日本の人というのは世界有数の外国語習得不得手人種だそうですが、語学の教師にいわせれば、日本人は頭の中で間違いの無い文法を構築し、それで完璧なフレーズを言わなければと気負うせいで、逆に上手くしゃべれなくなるのだそうです。間違わないように、笑われない様に、という周りの反応を気にしすぎて、言葉がなめらかに出てこなくなるということなのでしょう。

かつて息子を連れて2人で南太平洋の孤島に渡ったとき、宿泊施設の子供らと人種や言語の壁を越えて仲良くなった息子が、夜に施設のテレビで放映されているバッドマンを見ながら、周囲の子供らとコミュニケーションをしているという不思議な光景を目の当たりにしました。そこで公用語としてしゃべられているフランス語なぞひとっことも判らない息子が、これはどういうことだと思って近寄ってみると、彼は大変適当な、要するにタモリのあんばいで、イメージフランス語を平気でしゃべっていたのです。思わずふんぞり返りそうになりましたが、面白いのは周りの子供らも、それを理解してあげようと手をつかったりしながら、彼に対応していた事でしょうか。〝ああ、なるほど……。言語ってこうやってなめらかに覚えて行くというパターンもあるのだな〟と感心をしましたが、大人が同じ事をしても、そんな微笑ましい展開にはならないでしょう。

いっそ、片言の現地語をしゃべって詐欺にあったり騙されたりするよりも、そこは母国語である日本語でしゃべり通したほうが通じる、という考え方もあります。大事なのは上手く語学を操る事ではなく、それを使って何を伝えようとしているのか、どういう会話をしたいのか、ということですから、それをどうぞお忘れなく……。