「高校卒業後、つかこうへいさんの舞台『サロメ』の主役オーディションに合格して間もなくのころ、つかさんに促されて挑戦したのが、『マー姉ちゃん』のオーディションでした」
こう振り返るのは、熊谷真実さん(64)だ。当時は素人同然で“朝ドラ”を重く受け止めていなかった。
「だからプレッシャーもありませんでした。面接で『今回の主役のお母さんは、とてもユニークな人。あなたのお母さんはどんな人ですか?』と聞かれたときも、『真実のママは、ロッド・スチュワートが好きで~、Tシャツ、ジーパンのいでたちはマリリン・モンローのようにかっこいい!』と、敬語もろくに使えない状態。後に、プロデューサーから食堂に呼び出され、『自分のことを真実というのはやめなさい』と叱られました(笑)」
オーディションには、ほかの参加者から距離を置く無口な女性がいた。
「黙って座っているのですが、きれいで清楚で存在感があって、彼女にだけスポットライトが当たっているようでした。それが田中裕子ちゃん。選考で最後まで残ったのが私と裕子ちゃんでしたが、型破りな主人公ということで、最終的に私が選ばれたみたいです」
田中裕子が演じることになったのは、マー姉ちゃんの妹役。
「でも、実際には私よりも5歳上。私はぽっと出の新人で、自由奔放だから、思いつきで演じてしまうんです。今、ドラマを見返してみると“これでよくOKが出たな”と感心するほど、セリフをかんだりして(笑)。一方の裕子ちゃんは、文学座出身の実力派で、台本もしっかり覚えてくるんです」
両極端な2人、当初はギクシャクすることもあったという。
「でも、お母さん役の藤田弓子さんがみんなの気持ちをほぐすために、しょっちゅう、食事会に連れていってくださったんです。それで演者もスタッフもすごく仲よくなって。私が『ディスコに行きたい』とお願いしたときは、制作局長が局のロッカーで、わざわざジーンズに着替えていました」
お茶の間シーンで待ち時間があれば、熊谷さんが突如、歌いだすことも。
「すると、音声さんが天井からスルスルとマイクを下ろして、エコーまで効かせてくれて、即席のリサイタルに(笑)。そんな家族的で、遊び心がある現場。今でも『マー姉ちゃんの会』が定期的に行われているので、みんなと顔を合わせるのが楽しみです」
『マー姉ちゃん』(NHK・1979年)
漫画家・長谷川町子の自伝漫画『サザエさんうちあけ話』が原作で、主人公のマリ子は町子の姉の毬子。漫画家になったマチ子と出版社を立ち上げたマリ子により、『サザエさん』が誕生するまでをコミカルに描いた。最高視聴率49.9%と、ドラマの人気も国民的!
【PROFILE】
くまがい・まみ
1960年、東京都生まれ。1978年にデビュー、1979年の『マー姉ちゃん』でエランドール賞新人賞を獲得。以後、ドラマや映画で幅広く活躍。今年、2023年に3度目の結婚をしていたことを報告した。