image

 

4月19日夜、アメリカから日本への帰国の途についた安倍首相(63)と昭恵夫人(55)。

 

「日米首脳会談は無事に終えたものの、一連の疑惑に対する野党の追及は続いており、いまだ安倍政権は厳しい状況に置かれています」(政治部記者)

 

森友学園疑惑が長引いている間に、なかったはずの陸上自衛隊の日報が発見されたり、加計学園について“首相案件”と書かれた文書が愛媛県で見つかったりと、安倍首相は追い詰められている。

 

「“暴走妻”とも評される昭恵夫人は、まさに安倍政権のアキレス腱です。小学校の名誉校長も含めて、昭恵夫人が務めていた名誉職は55にものぼります。なぜ、ここまで放任していたのか理解に苦しみます……」(自民党関係者)

 

昭恵夫人が顧問を務めていたある団体の関係者は次のように語った。

 

「昭恵さんの名刺には携帯電話の番号も書いてあるので、『誰から電話がかかってくるかもわからないし、やめたほうが良いのでは』と忠告した人も多かったようですが、『いいのよ、大丈夫!』と言って名刺を変えることはありませんでした。なかにはその番号に日に10回とか連絡してくる図々しい人もいるようでしたが、昭恵さんは『自分を親しく思ってくれている』と逆に喜んでいるようでした。森友学園の問題は、そういった昭恵さんの、お嬢さん育ちらしいオープンな性格が災いしたのだと思います」

 

森永製菓の創業者家の令嬢だった昭恵夫人。その“永遠のお嬢様”の、熱狂的なファンだったのが安倍首相だった。’87年の結婚から、すでに31年。“安倍家の嫁”となった昭恵夫人だが、いつも思い通りとはいかなかったという。前出の団体の関係者は続ける。

 

「安倍首相のお母さまで、昭恵さんの姑である安倍洋子さんとはソリが合わなかったようです。お子さんに恵まれなかったことについて洋子さんから『本来なら、離婚ね』と、言われたことがあるともらしていました。そういった過去もあるためか、昭恵さんは“子供たちのため”という言葉に非常に敏感です。小学校の名誉校長を引き受けた理由の1つにもなっていると思います」

 

昭恵夫人本人は政治家の妻でありながら子供を産めなかった苦悩について、’16年の雑誌のインタビューで、涙ながらに語ったこともある。

 

安倍首相が昭恵夫人の証人喚問に断固反対しかばい続けているのは、もしかしたら『夫婦2人の問題なのに、妻にだけ矢面に立たせ、つらい思いをさせてしまった』という負い目があるからなのだろうか。