「ある児童の、何気ないひと言がきっかけでした」
こう話すのは、東京都杉並区の立教女学院小学校の教頭・吉田太郎さん(41)。同校は吉田さんの主導で、教育現場に犬を介在させるプログラム「動物介在教育」を行っている。
「その児童は不登校でひきこもり気味でした。でも『一緒に犬の散歩をしよう』と私が誘うと、愛犬となら外出できるようになり、やがては、放課後の学校にもこられるように。そんなとき、彼女がふと『学校に犬がいたらいいのに……』って。その子が犬を介して少しずつ元気になるのを目の当たりにした私は、犬が学校にいることで、子供たちは大切な何かを得られるに違いないと、確信しました」
その翌年の’03年、初代学校犬・バディが学校に。効果は想像以上だった。
「以前なら登校を渋り、休みがちになる児童が毎年1〜2人はいた。それが、バディが学校に来てからの12年間はゼロです。教室に入る勇気が出ない子にも『バディに会いにおいで』と言うと、なんとなく学校に足が向くようになったり。友達関係で疲れたときも、バディの体をなで気持ちを打ち明け、癒やされた児童がたくさんいたんです」
バディが学校に来た3年後、吉田さんはバディのお見合いを敢行。出産、子育てを見た子供たちは、より身近に命のぬくもりや大切さを実感できると考えたのだ。’06年春、バディは無事出産。1か月後には11頭の子犬たちが母犬とともに学校に。その愛らしい姿に児童たちは目を輝かせ、われ先にと世話を焼きたがった。吉田さんは子犬の世話係をした6年生のことを、いまもよくおぼえている。
「少しオシャマなお姉さんキャラの子でした。そんな子が、子犬のウンチやオシッコで手を汚しながらがんばって。その体験を作文に書いて、文章の最後に『お母さんって大変だね!』と」
その作文を、誰よりもうれしく読んだのは、児童の母親だった。
「きっと思春期の娘さんから、日ごろ感謝の言葉を聞く機会もなかったことでしょう。娘さんの卒業式。そのお母さんは保護者代表のスピーチで『バディは子供たちに大切なことを教えてくれました』とわざわざ言及してくれたんです。その言葉を聞いて、私もうれしかった。同時に、教師の私自身も、バディからたくさんのことを教わった、そう思えました」
今年1月、たくさんの子どもたちに愛された学校犬・バディは天寿をまっとうした。吉田さんは先月『ありがとう。バディ』(セブン&アイ出版)を上梓。現在は、震災後の福島で保護された被災犬「ウィル」と「ブレス」の2頭が、子供たちの笑顔を支えている。