(写真/認定NPO法人「ACE」)
「来日したとき、空港の出口で日本のテレビが“ノーベル平和賞受賞者だから、きっと何人も人を引き連れてくるだろう”と思って待っていたそうです。ところが私は、自分でスーツケースを持って、カバンを背負っている。みんなビックリしていましたね」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、ユーモアたっぷりに話すのは、’14年にノーベル平和賞を受賞した、インド人活動家のカイラシュ・サティヤルティさん(62)だ。彼は’80年から子供が危険な重労働を強制されている児童労働問題に着目し、児童の救出、根絶を訴える運動を続けている。
「ある日、人生に絶望しているという男が、デリーにある私の事務所にやって来ました」
その男性の話では、17年前に住んでいた村で“おいしい仕事”の勧誘があったという。400キロも離れた町でレンガを作る仕事だったが、高い賃金が支払われるという誘い文句に引かれ、男性は話に乗った。
「しかし、実際は17年間、一度も賃金は支払われなかったそうです。仕事場に閉じ込められ自由もなく、そして、新しく生まれた彼の娘もまた、同じようにそこで働かされていたのです」
そして、15歳になった娘が売春宿に売られそうになっているのを助けるために、仕事場を抜け出し、3日間、飲まず食わずで歩き回っていた男性は、カイラシュさんの元へ導かれるようにやってきた。
「彼がたまたま、私が不当に権利を奪われた子供たちや女性たちのことを発信し、同時にこれまで世の中で無視されてきた人に捧げるために創刊した雑誌の読者と出会い、私のことを聞き、会いに来たのです。交渉に出かけた先ではカメラも壊され、暴力もふるわれました」
だが、暴力ではカイラシュさんの“希望の光”を消すことはできなかった。
「デリーに帰って、弁護士に助けを求めました。インドでは児童労働に関する法律がなかったので、英国統治下の昔の法律を使って、娘さんを含め35人の子供や女性たちを救うことができたんです」
カイラシュさんたちが現在までに救い出した子供たちは8万5,000人にもなる。さらに、法律を制定したり、司法の力を借りて間接的に救った子供を含めると、何百万人という数にのぼる。それでも今なお、世界で1億6,800万人、9人に1人の子供が児童労働の犠牲になっているといわれる。児童労働以外にも、貧困、人身売買、児童婚などで、多くの子供たちの夢は奪われ続けているのだ。
そして、程度の差こそあれ、貧困、格差が社会問題化している日本も、同様の問題を抱えているとカイラシュさんは言う。
「日本の児童ポルノ、搾取等の問題についても、アメリカ政府の人身売買レポートで指摘されています。一部の人が富み、一部の人が貧困に苦しむ。その大きなギャップは、さまざまな犯罪や暴力を生み出しているのです」