「町の傷口をさらして、お金を落としてもらう観光。それでいいのか、という町民の意見もあります。しかし女川の復興には欠かせない事業なんです」

 

そう語るのは女川町観光協会の臨時職員である阿部真紀子さん(42)。被災地としての女川町を観光客に案内するバスツアーのガイドをしている。

 

女川町は、全国でもっとも震災の被害が大きかった地域の一つ。4千500棟あった民家のうち3千棟が津波で流された。阿部さん自身、幸い家族は全員助かったものの、実家は全壊。両親はいまも仮設住宅に暮らす。

 

「私が案内する場所は現在、瓦礫が撤去されて平地になっていますが、ここで1千人以上の方が亡くなっています。知り合いも数多くいました。当時の勤務先の隣のビルは、いまもひっくりかえったまま残っています」

 

震災前に1万人だった住人は6千人にまで減った。そんな、なにもなくなってしまった女川町のガイドを始めて11カ月になる。その間、全国各地から”被災地・女川町”の現状を見に、訪れた観光客は1万人を超えた。これが、町の活性化を助けてくれる。

 

ただ、訪れる観光客のなかには、平気で吸い殻を落としていく人、泥酔してバスに乗車してくるような人もおり、心を痛めることもあるという。

 

3月末に臨時職員としての任期が切れるが、阿部さんはその後も残ると決意している。

 

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