人生100年時代を自分らしく生きるための手段としての「再キャリア(セカンドキャリア)」という選択。高校時代に書いた小説『1980アイコ十六歳』で一躍有名になった堀田あけみさん(54)は、現在、作家の枠にとらわれず教育の現場でも活躍中。そこで、子育て後に新しい世界を開いた堀田さんに、再キャリアで輝くための心構えを教えてもらいました。

 

【子育てで得た濃密な経験から、「教育」を天職と感じるようになりました】

 

作家としての活動と並行して、椙山女学園大学で本格的に教鞭をとるようになったのは、末っ子が幼稚園の年長のとき。夫は写真家で、年に数カ月間家を不在にすることもあるので、「子育ては大丈夫?」「小説を書く時間は?」と不安要素も満載でした。それでも、夫に相談したところ、「いい話じゃないか」と言われて、チャレンジ。教えることが性に合っていたのか、再キャリアである大学の教員は、私の天職と思えるほどです。

 

さらに10年ほど前からは、発達障害の次男を通じたご縁でNPO法人のスタッフとして学習障害の子どもたちに文章の指導もしています。ここでは子どもたちが初めて「今までつらかった」と吐露したり、「これからは親孝行もしたい」とまで表現したり。その言葉で、親御さんが涙するシーンに立ち会うこともありました。

 

それに加えてNHK文化センターで小説の創作講座も持っています。「よくそんなに教えられるね」と言われることもありますが、おそらく私は、いくつになっても変化する方々を見ているのが好きなのです。

 

今年54歳になりましたが、文化センターには私よりも年長の方が通ってくださっています。そこで気づいたのは、再キャリアは、いつからでも、どんな形でも開拓していけるのだということ。若いころはなじまなかったことが子育てを終えてしっくりくることもあります。

 

私のように子育ての経験から、必然的に次のキャリアが生まれ、深まっていくケースもありますが、小説講座に来られる方はこれまで小説など書いたことのなかった方が大半です。しかし、最初はスムーズではなかった表現が、ステップを踏んでいくうちに見違えるほどに豊かでみずみずしい言葉があふれ出てくることもあります。

 

未経験でもやってみることで、いくつになってもまた新しい自分を発見することができるのです。若いころにやり残したことをやるのでもいい。あるいは、ずっと携わっていたことに別の視点から取り組み直して、再就職の糧とするのもいいでしょう。

 

私は’07年に、発達障害の息子を育てた経験をノンフィクションの形式でつづった『発達障害だって大丈夫 自閉症の子を育てる幸せ』(河出書房新社)を出版したのですが、さまざまな配慮から、もっとも大事なことを書くことができなかったという思いがあります。ですから「今度は小説というフィクションでこのテーマを」と考えています。

 

一歩を踏み出す勇気があれば、いくつになっても可能性はそこにあるのだと実感しています。