「声出なくても意思は伝わる」ALSの夫と妻が続ける限界なき挑戦

「彼がALSと診断された約2カ月後に、プロポーズされました。心配する母の反対もありましたが、『彼と結婚したい!』という私の思いは変わりませんでした」

 

色白の頬に柔和な笑みをたたえて話すのは武藤木綿子さん(35)。木綿子さんの夫・将胤さん(32)は、大手広告代理店「博報堂」の広告マンだった’14年10月、27歳でALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病の宣告を受けた。

 

ALSとは体を動かす運動神経が変化して、だんだん壊れていく疾患。手足をはじめ体中の筋肉が少しずつ動かなくなっていき、声を出すこと、食べ物をのみ込むことさえ難しくなり、やがて自発呼吸もできなくなってしまう。

 

その原因は解明されておらず、有効な治療法も開発されていない。日本では患者数が1万人ほどで、発症してからの平均余命は「5年ほど」とされている。

 

発症からすでに6年ほどたった現在、将胤さんは呼吸障害や、食べ物が喉に詰まる嚥下障害による窒息などの事故を防ぐため、気管切開と胃ろう(おなかに通した管から栄養を摂取すること)をしており、経口の食事ができない。

 

さらに手足も動かなくなってきており、自立歩行ができないため電動車いすで移動している状態だ。

 

「結婚は彼がALSを発症してから。病気がわかっても、ポジティブに前を向く彼の夢をいっしょに実現していきたい! と強く思えたからでした」

 

木綿子さんに支えられた将胤さんは、活動の枠を広げていく。

 

「つらいのは・思うように・出したいときに・声を出せないことです。ラジオ(番組のパーソナリティ)や・フェス(東京・新木場STUDIO COASTで12月22日に開催される「MOVE FES.2019」)も・あるのに……」

 

将胤さんが’17年に博報堂を退社して立ち上げた社団法人「WITH ALS」事務所の一室で、電動車いすに腰掛ける彼が、ゆっくりと口を開く。一語、一語、ときおり咳込みながら、気管切開の影響でかすれる声を懸命にふりしぼろうとしているのがわかる。

 

ちょうど晩ごはんの時間だったので、木綿子さんが将胤さんに胃ろうを行う。その後、木綿子さんはスマホを持ち出し、夫のほうに「あ・い・う・え・お?」と問いかけ始めた。木綿子さんが「お」と言ったときに、将胤さんは右目でウインク。

 

このように何回かのやりとりをして、将胤さんがウインクしたときの文字をスマホに打ち込み終わると、木綿子さんは再生ボタンを押した、すると……。

 

「おなか・が・おもい」

 

将胤さんとまったく同じ声質が、スマホのスピーカーから流れた。ふたりで一緒に笑い転げる。ちょっと食事の量が多かったよう。

 

「これが、彼が共同開発したソフト『コエステーション』です。発語できなくなる恐れのある人がサンプルをあらかじめ取っておけば、本人の声がいつでも再生できるシステムなんです」

 

東芝デジタルソリューションズが開発した「コエステーション」。あらかじめ10通りほどの例文を読みインプットすることで、アプリが音声合成。文字を入力すると本人の声で話してくれる。

 

木綿子さんが説明すると、将胤さんは続けてその意義を力説する。

 

「声が出なくても、意思を伝える手段は探せばいくつもある。その手段を前向きに考えて、決してあきらめてはいけない。有効活用できるテクノロジーを見つけて、多くの患者さんに使ってもらえる環境を作ることが僕の使命です」

 

できることが少なくなっていくのがALSの特徴だが「その現状を打破したい!」という希望が、夫婦ふたりの結束を強固にする。

 

「将胤さんと結婚して、『限界を作らない生き方』を教えられました。ALSは確かに残酷な病気ですが、夫婦の絆はより強くなりました。彼の夢が無限であるように、私も子どもを産む=母になることもあきらめずにトライしていきたいですね」

 

ふたりの肩越しに、夫婦で合言葉にしている「ノーリミット、ユアライフ(人生に限界はない)」の文字が輝いて見えた。

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