「あの子は愛されている」横田滋さんが本誌に語っていた親心
(写真:アフロ)

横田めぐみさんの父・横田滋さんが6月5日に亡くなったと発表された。87歳だった。拉致被害に遭っためぐみさんのために、人生を賭けて奔走した滋さん。その訃報を悲しむ声が上がっている。

 

各メディアによると、妻・早紀江さんは「北朝鮮に拉致されためぐみを取り戻すために、主人と二人で頑張ってきましたが、主人はめぐみに会えることなく力尽き、今は気持ちの整理がつかない状態です」とコメントしたという。

 

拉致被害者家族会の初代代表を務めるなど、救出運動の象徴的存在だった滋さん。ネットでは、その死を悼む声が上がっている。

 

《我が子を50年近く見つけるために探していた滋さんを思うと本当に無念でなりません。ご冥福をお祈り致します》
《羽田空港での再会シーンを自分も見れることを祈っていましたが残念です。国は全力で解決も向けて取り組んでほしいと思います》

 

12年10月、滋さんは早紀江さんとともに本誌の取材に応じてくれていた。02年10月に蓮池薫さん夫妻など拉致被害者5名が帰国したことについて、こう心境を明かしている。

 

「めぐみは飛行機に乗っていないと、わかっているんですけど、何か急に事情が変わって、もしやと思ったり……」

 

めぐみさんは77年11月、13歳で失踪。そして97年に亡命した元工作員の証言により拉致されたことがわかった。以降、滋さんは拉致問題の解決を願う講演を繰り返してきた。12年当時で、その数1,300回以上。署名の数も1,000万人近くに及んでいた。

 

北朝鮮は02年、めぐみさんはすでに亡くなっていると日本政府に伝えた。そこで当時の小泉純一郎首相が再調査を希望。「93年3月に死亡した」と報告されたが、帰国した拉致被害者が「めぐみさんと94年まで一緒だった」と証言。すると北朝鮮は「めぐみさんは94年に死亡した」と突然、調査結果を書き直したのだ。

 

そして、北朝鮮への不信感が決定的になった出来事があったという。

 

「北朝鮮はテーブルクロスみたいな真っ白な布にくるんだ遺骨を、めぐみのものだと持ってきました。ですが、へその緒を使って遺骨のDNA鑑定をしてもらったところ、骨は偽物だと証明されました」(滋さん)

 

そんな滋さんは「今まで本当にたくさんの人にお世話になりました」「みんなめぐみのことを心配してくださって」といい、娘を慮る親心をこう明かした。

 

「写真展を開けば、みなさん来てくれて。本当にたくさんの方にあの子は愛されているなぁと思いますね。大変な人生ですけどね……」

 

03年9月、めぐみさんの弟・哲也さんは本誌の取材に対して「誰もが味わう当然の生活、普通の生活というものを、両親に享受させてやりたい」と語っていた。

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