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飲食業や観光業の窮状、あるいは医療関係者の奮闘はあらゆる媒体で日夜報じられているが、それに比して、見落とされがちなのが介護事業者だ。いま、現場は非常に厳しい闘いを強いられている。

 

「3月7日に、最初の利用者の感染が判明してから、施設内で32人(利用者25人・職員7人)に感染が広がり、約1カ月、デイケアをストップしました。そのために、この部門の収入は10分の1になってしまいました」

 

苦しい事情を明かすのは、通所リハビリ施設「グリーンアルス伊丹」(兵庫県)の事務局長・塩田眞一郎さんだ。

 

「当初から通所される際には検温や症状チェックを行っていたのですが、“無症状”の方が感染されていたため、防ぎきることができませんでした」

 

3月7日、1人目の感染者が判明した直後から、すべてのサービスを休止した。

 

「さらに2人の陽性が判明したので、保健所の指示で、3月12日からデイケア利用者150人とスタッフ26人、すべてにPCR検査を行うことになりました。保健所の判断は早かったんですが、大人数を一度に検体採取する体制は整っておらず、当施設の常勤医に依頼することに」

 

苦労したのは送迎だ。ほとんどの利用者が歩けなかった。

 

「感染している可能性を考えて、個別の送迎が必要でした。送迎車にビニールシートを貼って、送迎が終わるごとに消毒する。この工程を合計100回以上繰り返しました」

 

利用者やその家族のため、一刻も早く検査結果を明らかにしたい。そんな思いから、検査を急いだ。当初は手間取ったものの、1日に取れる検体数はだんだん増えていった。その矢先、保健所からこんな要請がーー。

 

『たくさん陽性者が出ると入院先がなくなるので、検査は1日15人までにしてほしい』

 

塩田さんは耳を疑った。だが、保健所の要請は拒めない。要請に従い少しずつ検査を進めると、保健所は「今日は陽性者2人」「今日は1人」と、さみだれ式に結果を発表した。

 

「すると、すでに業務はストップしていて、感染が広がることはないのに、『あの施設は、いまだに感染者を出し続けているのか』という印象を与えてしまったのです」

 

PCR検査がすべて終了したのは3月24日。利用者からは、「まだ再開しないのか」という声が多数届いていた。

 

「いちばん多かったのは、『入浴サービスを再開してほしい』というものです。自宅では入浴できない利用者の方も多くいるんです」

 

この時点で、3月30日を目標に、入浴などの一部サービスに限定した業務の再開を目指したが……。

 

「厚労省の専門家の方が『あと2週間、再開を延ばしましょう』というんです。理由を聞いたら『社会的インパクトです』と……」

 

科学的な根拠のない話だが、この要請にも従わざるをえなかった。結局、業務を再開できたのは4月9日。休業から1カ月後だった。

 

「このときには、再開の遅れと風評被害によって、施設への不安が増幅してしまっていました」

 

ちなみ、グリーンアルス伊丹は、厚労省のクラスター班や保健所から初期対応を評価されている。“長らく感染者を出し続けた”という風評は続いているが、全員で知恵を絞って前に進んでいる。

 

訪問介護の現場でも混乱は広がっている。障がい者の介護に特化した訪問介護「でぃぐにてぃ」(東京都)代表の吉田真一さんはこう語る。

 

「職員はだいぶ疲弊しています。事務所は以前のような明るさがなくて……。昔はケアに出かけるとき、元気に『行ってきます!』とあいさつしていたのに、いまはぐったりした様子なんです。感染リスクと隣り合わせであるというストレスのためですね」

 

職員の精神的負担は大きい。

 

「4月は毎週のように、2〜3件は発熱のある利用者さんがいました。微熱状態が続いた利用者さんに肺炎症状が出ると、濃厚接触した職員は休まざるをえません」

 

施設から感染者は出なかったが、利用控えは深刻で、4月は15〜20%、5月は25%の減収。このままの状態が続くと、半年後には倒産する計算になるという。

 

「利用者さんからの『こんなときに来てくれてありがとう』『つかれたでしょう。ちょっとお茶でも飲んでいって』という言葉を励みに、なんとか頑張っています」

 

訪問介護事業を行う「ケアネットワーク」(東京都)代表の関口和幸さんもこう話す。

 

「700万円あった1カ月の収入が、4月は200万円に。それでもうちはマシなほうです。それなのに、政府は介護従事者には危険手当などをつけません。看護師でさえ、1日にわずか300円程度ですから、あまりにもばかにしています」

 

コロナ禍によって、表面化した経営基盤の脆弱さをみて、介護業界の行く末に、不安を抱かずにはいられないという。

 

「ヘルパーなど、介護資格を取得するにはお金がかかるうえ、賃金は安い。安定して働ける制度を国が構築しないと、人材が激減し、適切な介護サービスを受けられない人が続出するでしょう」

 

通所介護や訪問介護が止まることで、利用者に与える影響も懸念されている。

 

通所介護や特別養護老人ホームなどを展開する「くだまつ平成会」(山口県)の理事長・岩本昌樹さんが解説する。

 

「すぐに利用者の方の心身に影響があらわれます。やはり家にばかりいたら、刺激がないので落ち着きがなくなる。認知症の方は、現在の状況が理解できず、『なぜ、天気もいいし体調もいいのに(デイサービスに)行けないんだ』と家族を困らせることもあるそうです。またリハビリを1カ月もおろそかにすると、普通に歩いていた人が、立ち上がるのもやっとという状態になるケースも多いんです」

 

「女性自身」2020年6月16日号 掲載

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