モリカケ、桜を見る会など数えきれない疑惑にまみれてなお、首相の座にしがみ続け、連続の在任期間歴代最長記録をなしとげた直後の辞任表明。多くの人はこう思ったはずだ。「逃げ切るつもりだ」と。納得のいく説明はいまもない。許されることだろうか。一人の死者が出ているのだ。「私は真実を知りたい」。残された妻・赤木雅子さん(49)の叫びを前に、安倍さん、あなたは自分の胸に聞いてみるべきことがあるはずだ――。
〈――2017年2月、森友学園への国有地の8億円値引きが発覚し国会で大問題になった。そのさなかの日曜日。休みだった俊夫さんに上司の池田靖氏から電話があった。「池田さんが困っているから、ぼく助けに行くわ」と言って俊夫さんは近畿財務局に向かった。まさか公文書を改ざんさせられるとは思いもよらなかっただろう。俊夫さんが死の間際に書き遺した手記には「元は、すべて、佐川理財局長(当時)の指示です」と記されている〉
元気だった夫が突然うつ病になる。本屋さんに行ったらそういう本がたくさん並んでいますよね。そんなことが実際、自分の身に起きました。トッちゃん(俊夫さん)は改ざんに反対しましたが、佐川さんの部下の人たちが電話で圧力をかけてきました。出先機関は本省に対して立場が弱いんです。最後は近畿財務局長が「全責任を負う」と発言してゴーサインを出しました。実際にやらされたのはトッちゃんです。ふたを開けると、改ざんを指示した池田さんをはじめほかの全員が異動したのに、改ざんをさせられたトッちゃんだけが異動せず、一人ポツンと残されました。
〈――この後、俊夫さんはうつ病と診断され休職する。自分だけ職場から見捨てられて、責任を一人押しつけられると感じたのだろう〉
トッちゃんはどんなにきつい仕事でもへこたれる人じゃありませんでした。公務員の仕事に人一倍やりがいと誇りを感じていました。「私の雇用主は日本国民なんです。その日本国民のために仕事ができる国家公務員に誇りを持っています」と近所の方に話していたそうです。それだけに、こんな不正行為をやらされたことが耐えられなかったんだと思います。次第に「大変なことをさせられた」「最後は下っ端が責任を取らされる」「ぼくは検察に狙われている。犯罪者や」と繰り返すように。トッちゃんが壊れていくんです。壊れたみたいに同じことを繰り返すんです。
18年3月、公文書改ざんの疑いを指摘する記事が朝日新聞に出ました。「この人のやらされたこと、これだったんや」とすぐわかりました。でもあのとき、財務省は改ざんについて何も明らかにしなかったし、信頼していた職場の上司や同僚も誰も連絡をくれませんでした。トッちゃんは孤独と絶望の中で追い込まれて命を絶ったんです。記事が出て5日後、3月7日のこと。54歳の若さでした。直前にノートに走り書きで、こう記していました。
これが財務官僚王国
最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ
私は心の中で叫びました。「財務省に殺された!」って
〈――翌日、自宅に来た近畿財務局の上司、楠敏志管財部長の対応はひどいものだったという〉
弔問に来たのに「これはもうここだけの話で」と口止めをしたうえで「遺書かなんかはあった?」「新聞社とかは?」と尋ねて、あげくに「遺書をちょっと見させて……」と求めてきたんです。不都合な事実が書かれていると思ったのでしょう。「報道機関が押し寄せたら、えらいことになりますから」と、とにかくマスコミを避けるように言われました。
〈――雅子さんが言いなりになりそうだと見ると、財務省の人たちは態度を変えた。葬儀に参列した職場の人たちは誰一人、記帳をしなかった。受付をした親族が驚いたという〉
トッちゃんと同じように私も切り捨てられたんです。彼らは、夫を亡くした私が一人では何もできないと見くびったんだと思います。「組織としてきちっとサポートします。真実がうやむやになることはありません」とも話していましたけど、約束は何一つ守られませんでした。改ざんに関わった上司たちは形ばかりの処分を受けましたが、その後、栄転しています。
財務省はトッちゃんが亡くなって3カ月後に改ざんの「調査報告書」をまとめました。麻生財務大臣はそれで調査は尽くしたとおっしゃいます。でも報告書にはトッちゃんのことが何も書かれていません。亡くなったという事実すら書かれていないんです。改ざんをさせられた当事者なのに。それでどうして「調査を尽くした」と言えるんでしょう? トッちゃんが手記に書いた内容が事実なのか、財務省は何も答えてくれません――。
「女性自身」2020年9月29日・10月6日合併号 掲載