元会社員、現“幻の”シフォンケーキ店 うつを乗り越え見えた道
画像を見る 牛タン店でデートを重ね、04年にゴールインした

 

こだわりは“地べたを這いつくばる仕事”をすること。

 

「それまでの社内コンサルのように、人を動かす仕事よりも、実際に自分で何かを作り、直接売っていくほうが生きてる実感が得られそうで、憧れていたんです」

 

とはいえ、うつ病のために人と会うことができない。モノを売るには、通販しか選択肢はなかった。

 

「通販ビジネスをする前段階としてブログを開設して、1日3回記事をアップ。ネット上の知り合いを1万人作れば、起業したときのお客さんになると思ったんです」

 

では、何を売ればいいのか──。そう思案しているときに、料理好きのかおりさんの母が、シフォンケーキを焼いてくれたのだった。

 

「しっとりもちもちして口の中もパサパサにならない。すっごくおいしくて、その場で『これを売って生きていく』と決意したんですね。最初は誰も信じなかったけど」

 

しばらくすると、哲さん同様、かおりさんも会社を退職。以来、約10年、地元の自営業の仲間たちのIT支援やデザインなどを行う、フリーのデザイナーとして活動するかたわら、哲さんとともに「ちゃんちき堂」を切り盛りしている。

 

そんな風景が、現在まで続いているのだ。

 

「(飼い猫の)aoとシロが、私のところへ来てヘンな格好で寝ていたんだよ」(かおりさん)

 

「え、オレのところには全然来てくれないのに。なんで猫派のオレより、犬派のかおりさんのところばっかり!」(哲さん)

 

毎朝6時から、こんなありふれた夫婦の日常の会話をしながら、シフォンケーキ作りが始まる。ふんわり、しっとりの食感の秘密は、地元・青梅の鶏卵農場で仕入れた卵。卵黄に砂糖やブランデーなどを混ぜ、卵白をメレンゲに。これらに小麦粉を加え生地を作り、型へ入れてオーブンで焼き上げたら、今度はしばらく冷やす。

 

11時には、哲さんが行商やカフェで販売するサイズに切り分けたケーキを、かおりさんが次々にビニール袋に入れ、消費期限や材料を記したシールを貼って、プラスチックの運搬箱にしまう。

 

「自営業になり、夫婦で一緒にシフォンケーキ作りをすることになりました。彼の苦手で嫌いな分野は私が得意であることが多く、適材適所という言葉を思い浮かべ、たまにふつふつと湧き上がるイラ立ちを抑えるのが得意になりました」(かおりさん)

 

ユーモアたっぷりに答えるかおりさんは、哲さんにとって、なくてはならない存在だ。

 

「圧倒的に、ボクのほうが支えることが少ないかもしれませんが、あまり“支えてもらっている感”はないんですよ。一緒に地に足をつけて生きていく相方のようなものでしょうかね」

 

「女性自身」2021年4月27日号 掲載

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