ネットヘイト訴訟に勝訴した18歳「今も母は防刃ベストを着て」
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■生活圏に踏み込んできたヘイトデモ

 

母の江以子さんはこう語る。

 

「私たちが住む川崎市の桜本地域は、昔から地域の人たちと多文化共生の街づくりをしてきたという歴史があります。私も、差別をなくしともに生きる社会づくりを目指す『ふれあい館』の職員として、そうした環境づくりのために努力してきました」

 

だが、2015年にこの環境が危機に陥る。桜本地域にヘイトスピーチデモがやってきたのだ。川崎駅でデモに遭遇したとき、逃げるようにその場を立ち去ったことがあったという江以子さん。だが、住宅街や商店街に学校……多くの人が幸せに寄りそって暮らしている自分たちの生活圏にわざわざ乗り込んできて、「朝鮮人を殺せ」と叫ぶ者たちを見過ごすことはできなかった。

 

「ふれあい館では『ちがいは豊かさだ』と子どもたちに伝えてきました。在日コリアンの子には、自分の名前、本名で生きること、ちがいを隠さないで生きることを、後押ししてきたのです。でも、ヘイトスピーチや差別があったら、そんなふうに生きられないですよね。だから、自分がしてきたことの延長として、子どもたちのためにヘイトと闘うしかなかった」

 

江以子さんはヘイトスピーチを止めるための法律や条例の制定に向けて動き出す。メディアで訴え、参考人として国会にも立った。すると、誹謗中傷や脅迫が始まった。

 

「毎週末、『おまえを見ているぞ』と、監視しているかのようなことをツイッターに書き込む人物も。警察に相談したら、家の表札を外す、電話の電源を抜く、インターフォンが鳴っても出ない、子どもと一緒に外を歩くことも控えるようにとアドバイスを受けました」

 

■「僕が母の盾になりたい」

 

江以子さんの活動は着実に実を結んでいる。’16年には国会でヘイトスピーチ解消法が、’19年には川崎市でヘイトスピーチ禁止条例が成立した。

 

「多くの人の協力もあり、少しずつですが前進しています。しかし、ヘイトスピーチ解消法は、罰則を伴わない“理念法”なので、ヘイトを止めるまでには至っていません。ネット上のヘイトな書き込みを取り締まる策も十分ではないので、カナダや欧州各国のような包括的な差別禁止法が必要です」

 

寧生さんはこう語る。

 

「今も、オモニに対するネットでのヘイトスピーチや職場への脅迫などがひどくて、外を歩くとき、オモニは防刃ベストを着ています。毎日、買い物などに付きそうわけにもいかないから心配で……」

 

寧生さんが、この判決について、顔や名前を出して発言すると決めたのも、「オモニに向けられている差別の矢を自分に向けたかったから」だという。

 

息子の優しさはうれしくはあるが、「すべての子どもを差別から守るために声をあげていますから……寧生を盾にする気はありません」と江以子さんは力強く語る。

 

差別や中傷にさらされることなく、自分らしく生きていくーー。母子の願いはそんな当たり前でささやかな生活だ。同じ社会で生きる私たち一人一人が問われている。

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