■「ないよ=没有(メイヨー)」は絶対に忘れられない言葉
その後、「オーストラリア&ニュージーランド編」「中国自由旅行編」「東南アジアA タイ編」「ビルマ編」「シンガポール編」「バリ島編」など、数々のシリーズの初版に関わることとなった伊藤さん。そのなかでも特に印象深いエピソードについて尋ねた。
「最初の頃の『地球の歩き方』冒頭には、“はじめに”と題された読者に旅立ちを呼びかけるページがありました。そのページがとても好きで、初めてメインで担当した『南太平洋編』で書かせてもらえたときにすごく嬉しかったのを覚えています。
少しポエミーなんですが、旅人から旅人へのバトンといった感じの内容で、今あらためて読んでもおもしろいなと。このページが特に印象的な『インド・ネパール編』初版は、復刻版として3年前にデジタルブックで発行しています。
あとは『中国編』も思い入れがありますね。
初版発行時の80年代前半の中国って、日本からはすべての旅程がきっちりと決まったパッケージツアーでしか行けないといわれていました。でも香港でビザを取得すれば、好きに旅ができるとわかり、実際に中国の町を自分たちで歩き、取材して本を作り上げました。それで初版は“中国自由旅行”と銘打ってあるんですよ。当時はビザだけで訪問できるのが29都市だけ。わざわざ許可証を取ってそれ以外の町まで足を伸ばしました。私たちが地元の人たちにとって初めて見る観光客になっちゃうこともあって。ぞろぞろ後ろに列ができたこともありました。
くわえて、今と大きく事情が違うのが経済活動ですよね。共産主義が全盛でしたから、彼らは働いても働かなくてもお給料は同じ。そうなると店員さんは、仕事が面倒なときはモノがあってもないことにしてしまう。鉄道の切符を手に入れるのもそう。『ないよ=没有(メイヨー)』と言う言葉は当時中国を旅した人たちにとって、絶対に忘れられない言葉です(笑)
本当に大変でしたが、いざ完成を迎えると、世界でも類を見ない画期的な本になったとみんなで盛り上がって。刷り上がりホヤホヤの本を、クリスマス明けの新宿駅前で道行く人たちに無料で配っちゃって……。そのくらい、制作に関わったみんなが興奮していました」