「10代のころから、私は絶対、結婚しないと決めていました。石川達三の小説『幸福の限界』の中に“結婚とは性生活を伴った女中奉公”という一節があって、そんな生活は絶対にイヤだ、と。縁談やお見合いは全部、断っていましたね」
そこで、いたずらっぽくほほ笑んだ。
「でも、結婚と恋愛は別と思っていましたから」
22歳で生涯のパートナーと出会っている。
「彼は中国人で25歳年上。父と同い年でしたけど、世代ギャップもなくて、とにかくカッコいいの。脚が長くて、お尻がプリッと上がっていて。私、お尻にほれたんだもん」
サルトルとボーヴォワールのように、結婚にこだわらない自由なパートナーシップが心地よかった。49歳のとき、入籍だけはしたが、純子さんは実にクールだ。
「私はどうでもよかったけど、彼には中国に子どもがいて。来日させるときの手続きには入籍したほうが有利などということもあって。だから、結婚してあげたの。自分の子ども? 彼は欲しいと言ったけど、私が断りました。欲しいとは思わなかったですね」
40歳手前で父が急逝してからは、弟の捷士さん(77・まさし)・ルリ子さん(75)夫婦や、その息子の建治さん(43)とともに店を守った。
パートナーや母が次々と旅立ったのは、60歳になるころだった。
「だから、60代になるころからずっと一人暮らしです。寂しさもあったけど、一人になって好きなことができるんだと、考え方を切り替えました。したかったことに本気でチャレンジしたんです」
運転免許も60代で取った。ふだんはムロで懸命に働き、お金がたまると海外旅行を思い切り楽しんだ。
「まずはいちばん行きたかったニューヨークへ行きました。ブロードウエー近くのステージ・デリのパストラミ・サンドイッチがお気に入りで、そればかり食べていましたね。気に入ると、同じものばかり食べるのは私の癖なの(笑)。あと、日本では食べられないユダヤ料理のお団子入りスープ! 美術館めぐりも楽しかったぁ」
60代からの遅れてきた青春? いやいや純子さんの人生は、ずっと青春真っただ中だ。
その後、あるフランス人の青年と知り合ったことがきっかけでDJスクールに通い出した純子さん。デビューは77歳、今年で10周年だ。
彼女の生き方は87年間、一切ぶれない。これからも好きなことに好きなだけ取り組み、多くの客を熱狂の渦に巻き込んでいくだろう。