■お客さんが『いい花を安く買えてよかった』と喜んでくれるのが、いちばんうれしい
それにしても、コロナ禍で銀座は変わったと木村さんは嘆く。
「この間なんか、男の人がお店の女のコに花を買ってあげようと5千円札を出したら、そのコがピッと取り上げちゃったのよ。『花なんていらない。明日の朝食べるパンがいい』って。女のコたちも生活が苦しいからね。いまは、2万や3万で飲める店は厳しいのよ。でも一晩100万~200万使う老舗は流行ってる。格差がすごい。高級な店のお客さんは、ビル持ちとか不労所得のある人、コロナに関係なく景気のいい会社の役員ね。IT系の社長とかも来てる」
並木通りを歩きながら話をしていると、店の場所を探しているらしきカップルがいて、木村さんが声をかけた。40年間、クラブやバーの看板を読みながら歩いている木村さんは、約3千店ともいわれる店の場所が頭に入っている。
「お花いかが。お店を探しているの? なんていうお店?」
しかしカップルはスマホの地図アプリを見ながら、顔も上げずに通り過ぎていった。
「昔はこんなふうに声をかけると、すぐにお店の名前を答えて、案内すると花も買ってくれたけどね」
無視されて心は折れないのか。
「もう慣れた。私はいろんな時代を経験してるから」
木村さんは淡々と答えた。そして、かつて花売りに復帰して数カ月後の武勇伝を話してくれる。
「お店が入ってるビルのエレベーターのところで、60代くらいのお客さんに『お花いかがですか』って声をかけたのね。そしたら、『そんな薄汚い花なんているか!』って。つぎの瞬間、私、その人を引っぱたいちゃった。自分でもびっくりしたわよ。でも後には引けないから、『私は、商品に関しましては絶対の自信を持って販売しております』って捲し立てて、持っていた花束を乱暴に振ったの。花びら一枚落ちなかった。『古い花は売ってないですから』って。
そのお客さん、真っ青になって『俺は、女房にもぶたれたことはない』って私に手をあげようとしたけど、秘書のような人が止めてくれた。『社長、売り言葉に買い言葉ですよ』って。私には『ごめんね。うちの社長は酔っ払うとダメなんですよ』と謝って、持っていた花束をみんな買ってくれたわ」
木村さんが、そこまで激昂したのには理由があった。
「私、花は今日明日で売り切るように計算して仕入れるし、最後はたたき売りみたいにしてでも売るのよ。どんなに眠くても疲れていても一生懸命働いて、変な花だけは売りたくないから」
その姿勢は、40年たった現在でも変わっていない。
「私は、お客さんが『いい花を安く買えてよかった』と喜んでくれるのが、いちばんうれしいのよ」