■“縛り”が不要なのは、岡田さんが24時間365日、ここで入居者を見守っているから
2004年に開業した「ぽらりす」。入居した人たち皆が皆、「ここで最期を迎えたい」と話し、地域の医療従事者たちも「理想的なついのすみか」と口をそろえる。その理由は、ルールやマニュアルで入居者を縛り付けない家族的な運営にある。昨今の施設では当たり前のように見受けられる各部屋の扉をロックする電子錠もない。岡田さんが作り上げた、いまどき珍しい“ゆる〜い”施設は海外メディアが取材に訪れるほど、国内外から注目を集めている。
ここで記者は、先ほどから気になっていたことについて聞いた。
「このベッドは、なんのため?」
食堂の中、食卓のすぐ隣にベッドが1つ、置かれているのだ。
すると岡田さん、ベッドに腰かけ、マットレスをポンとたたいた。
「なんのためって(笑)。ここで私が寝てんだよー。ここならさ、夜中に
ナースコールがピンポン鳴っても、ヒョイと顔上げれば、廊下が全部見えるじゃん。不穏になった誰かがウロウロし始めたときも、すぐにわかるでしょうよ」
そう、ぽらりすに“縛り”が不要なのは、彼女が24時間365日、ここで入居者を見守っているから。
「夜中、オムツ交換に回るでしょ。寝てんのか、死んでんのかってドキッとするとき、あっからね」
こう言って岡田さんは、また豪快に「ガハハハ」と笑うのだった。
「はい、血圧測るからね。気持ちをゆっくりしてよー」
取材2日目の朝。岡田さんはヨウコさん(91)に腕帯を巻きながら、リラックスさせようと明るい調子で声をかけ続けている。
「あれ? 取材の人がいて興奮してるん? ちょっと高いな。もう一回測りましょう。深呼吸してごらん。ここらの空気、み〜んな吸っちゃっていいから(笑)」
ヨウコさんが入居したのは5年前。それから間もなくして、彼女は救急車で病院に担ぎ込まれたことがあった。
「この人はぜんそく持ちで、そのときは酸素飽和度が70台に落ちちゃったんだよね。慌てて救急車呼んで。私はさ、当然入院するものと思ってたんだけど、午後になったら帰ってきちゃったんだよね」
岡田さんは、そのときのことをヨウコさんに質問した。
「救急車乗ったの、覚えてる? ヨウコさん、病院の先生に『死ぬんならぽらりすがいい』って言い張って、それで帰ってきたよね?」
岡田さんの言葉に「フフフッ」とうれしそうな笑みを浮かべるヨウコさん。岡田さんはふたたび、しゃがれ声を張り上げた。
「ここじゃあね、そんなすぐに死なれたら困るの。いま91歳だっけ? あと9年、少なくともあと9年は長生きしてね!」
ヨウコさんは「はい!」と力強くうなずいた。入居者の多くは、岡田さんを「社長さん」と呼ぶ。ヨウコさんは言う。
「社長さんはいっつも元気。それに優しい。困ったことがあったら、いつでもすぐに来てくれるの」
その言葉を岡田さんにそのまま伝えると「元気じゃないと、逆に心配されちゃうんだよ」と笑った。
「毎朝、各部屋のカーテン開けながら、皆の顔色を見て回るんだけど。そんときに、気取った調子であいさつなんかしてっと『社長さん、大丈夫かしら』って、おばあちゃんたち言うのよ。だから、疲れてようと、どれだけ声がかれようと、腹の底から大きな声で『おはようございまーす!』って(笑)」