「クマの研究をして50年以上になりますが、23年ほどクマの出没が多く人的被害が多かった年は、過去にはありませんでした」
73年から秋田県庁で鳥獣保護行政を担当し、現在もツキノワグマの生態を調査して続けている「日本ツキノワグマ研究所」の米田一彦所長(74)がそう語る。
環境省によると、11月末時点の速報値で、クマに襲われた被害人数は19道府県の212人。死者は6人を数えた。これまで最多だった20年度の158人を大きく上回っている。日本は、北海道にヒグマ、本州以南にはツキノワグマの2種類が生息。成獣になるとヒグマは2メートル、ツキノワグマは1メートルを超える。
いずれのクマも冬眠するため、通常であれば寒くなればクマの被害もおさまるはずだが、今年はいまだにクマ被害が後を絶たない。
12月17日には、石川県白山市の市街地で、クマが男女3人を相次いで襲い、重軽傷を追わせた事件が。また、クマの出没は地方だけではない。東京都八王子市や町田市、奥多摩町でも12月に入ってからから目撃情報が寄せられているという。暦の上で冬になってもクマによる被害はおさまっていないのだ。
なぜ、冬になっても被害が後を絶たないのだろう。ツキノワグマに出会うこと3000回以上にのぼる米田さんがこう解説した。
「クマは、秋に栄養をたくさんとって、皮下脂肪を蓄えたうえで、早くて11月頃には土の穴や木のうろなどに潜って翌春まで過ごします。ところが、今年は夏から秋にかけての酷暑と小雨が影響し、クマが食べる木の実などが凶作になり、十分に食べられていないクマがエサを求めていまだに動いている可能性があります」
さらに、暖冬の影響もあるという。
「クマは、一面が雪に覆われるような積雪があるとスイッチが入ったように冬眠に入ります。雪が降り積もると、エサをとることができないため、ムダなエネルギー消費をしないように“冬眠スイッチ”が入るのです。実際に23年に被害が多かった北海道や北東北では、積雪とともにクマの被害はなくなっています。しかし、北陸、関東、東北でも太平洋側では、暖冬の影響で雪が降り積もることはありません。そのため“冬眠スイッチ”が入っていないのです」
米田さんによると、暖冬の影響で、1月まではクマの出没や人的被害は起こる可能性が高いという。
「暖冬で雪が降らない地域では、冬でもサルナシなどの木の実を探して山里を歩いたり、上流から流れ来たクルミやクリ、ドングリをたどってきて市街地の川沿いでの出没も増えるでしょう。また眠れないクマが登山道やスキー場に現れることも。過去70年の被害情報を調べてみても、雪山の登山中に遭遇したり、スキーをしているときにクマと襲われたケースが2例あります。今年は十分注意が必要です」
気になるのは「穴持たず」と呼ばれる、冬眠しないクマの存在だ。マタギの世界では、肉食化して冬眠せずにさまようクマを「穴持たず」と呼ぶという。これらのクマは空腹のため気が立っており、人を襲うと伝えられているが……。
「私の調査では、一冬を通して一度も冬眠しないクマは北海道、本州ともに非常に稀です。しかし、冬眠中のクマがずっと外に出ないという訳ではありません。雪にクマの足跡が残っていることは当たり前のようにあります。とくに冬眠中でも雄グマや出産していない雌グマは要注意。林業関係者が真冬にクマに襲われたケースは少なくありません」
それでは、クマに出遭った場合はどんな注意が必要なのだろうか?
「クマの加害原因を調べてみると、
A食害(人を食べる目的)
B排除(人を排除しようとして襲う)
C戯れ、苛立ち
があげられます。
このなかで、Aは、空腹や動物性たんぱく質の不足から襲いますが、初夏の繁殖期が多い。
秋から冬にかけて出会うクマで、人を食べようとして襲ってくるクマはいません。多くはBが原因です。クマと食べ物や子グマの間に人が入ったり、自分の通り道に人がいたりするときに事故が起こるのです。一般の人は、クマの目撃情報がある地域には立ち入らないよう注意しましょう」
まだまだ続くクマ被害だが、最後に米田さんはこう語る。
「人の生活圏にクマが頻繁に出没するようになったのは『里山の奥山化』が背景にあります。管理の手が入らなくなって里山が奥山化したことで、コナラやクリが豊富でクマも生息しやすい環境に。どうしても人の生活圏まで近づいてくるのです。
とはいえ、クマの駆除に偏っても、保護に偏ってもダメだと思います。地方でクマが駆除されたとなると都会の人が『かわいそうだ』と地方の自治体に電話をかけることがありますが、これは避けなければいけません。また、クマの人的被害が出ると、自治体が付近のクマを根こそぎ駆除するケースもありますが、あきらかにやり過ぎだと思いますね。札幌、仙台、広島という人口100万人の都市の街にクマが現れるのは、(中国・北京市の山間部にはクマが出没するが)世界的にも日本だけ。もっと知恵をしぼって人とクマが共存するための対策をとることが大事だと考えています」
冬になっても、また市街地でも出没する今年のクマ。ケガをしないよう、要注意だ。