「残される家族に命のバトンを繋ぐ」日本初の“看取り士”が語る「死」との向き合い方
画像を見る 「ありがとう」の言葉とともに温かい愛をくれる高齢者を、柴田さんは「幸齢者さん」と呼んでいる(撮影:國森康弘)

 

■「死は忌み嫌うものではない。看取りの瞬間は、愛と喜びに満ちたものでもある」

 

柴田さんらが提唱する看取りには、幸せな最期を迎えるための「作法」がある。

 

「病院での最期は、亡くなってから30分で霊安室に運ばれるというのが一般的です。私はそれでは、お別れ、命のバトンを渡すことができないと考えています。家族には臨終が近づいた人の頭を膝にのせ、体を抱きしめながら、呼吸を合わせてもらいます。また呼吸が止まっても、体がすぐに冷たくなるわけではありません。肌に触れて、最期のぬくもりをゆっくりと感じてもらいます」

 

実際に、柴田さんの友人の和子さん(享年53)は、呼吸を共に合わせる柴田さんの腕の中で旅立っていった。

 

「彼女はシングルマザーで、最期の看取りを頼まれていました。息子さんから『そろそろかもしれない』と電話を受け、駆け付けました」

 

残された3人の子供たちには「お母さん、ありがとう」と言葉をかけてもらい、和子さんの肌をさすりながら、最期の母のぬくもりをゆっくりと時間をかけて感じてもらった。

 

やがて、次女が柴田さんにこう語りかけた。

 

「母の臨終のとき、こうしてそばにいられて触れられるなんて。死ぬって怖いだけのものじゃないんですね。こんなきれいなお母さん、見たことない」

 

最期を迎える人と、残された家族が「望ましい最期であった」と感じることのできる瞬間だ。

 

「死は、敗北でも、忌み嫌うものでもありません。もちろん大切な人の死は、悲しくつらいものです。しかし長い人生を終えて、生きる力を手放すこの瞬間は、決して悲しいだけではなく、愛と喜びに満ちたものでもあるのではないでしょうか。その瞬間をお手伝いするのが、私たち看取り士の役目なのです」

 

最期を迎える人が身近にいるとき、残される家族ができることはあるのだろうか。

 

「大事なのは、死の前では誰もが無力であることを忘れないこと。死を前にした人の心には、寂しさ、悲しさ、無念さなどさまざまな感情が湧き上がります。その感情を理解するのは難しいものです。最善を尽くすためにも、本人の希望や言葉をしっかりと傾聴し、それを可能な限り肯定して受け入れる姿勢が大切だと思います」

 

そうして2014年には、活動拠点を岡山市内に移し、2020年には、株式会社「日本看取り士会」を設立。「看取り学」という学問を立ち上げ、看取り士を、講座を学ぶことで取得できる民間資格として体系立てた。

 

「現在は全国52カ所に看取りステーションがあり、看取り士は2,881人。臨終の現場を経験している人が看取り士の資格も取得するケースが多く、5割が看護師、3割が介護福祉士、残りの2割がそれ以外の人という内訳です」

 

現在では、看取り士と、ボランティアのチーム形態で、在宅ホスピス活動も全国展開している。

 

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