左から、タモリ、所ジョージ、ビートたけし、志村けんさん、明石家さんまの指人形(撮影:吉澤健太) 画像を見る

昔ながらの街並みが残る東京の下町・谷中。そこにたたずむ一軒家には、ひっきりなしに人が訪れる。迎え入れるのはもうすぐ80歳の指人形作家。人間そっくりな指人形たちが、楽しそうに踊って騒いで、観客たちを笑わせる。特徴的なのは、その登場人物が老人ばかりなことだ。

 

彼が「指人形笑吉」で生計を立て始めたのは60歳のとき。世間は定年、人生も後半。しわだらけの人形たちが、みんなに幸せを運んでいく──。

 

「この人形劇はほとんどパントマイムなんです。外国の方が見てもわかるぐらい簡単なんですよ」

 

小さな舞台に指人形がひょいと現れると、たちまち観客の顔がほころぶ。

 

東京都台東区谷中。観光客でにぎわう谷中銀座商店街へと続く通りから少し入った路地に、その一軒家はある。店先ののぼり旗には「指人形笑吉」の文字。ショーウインドーに並ぶのは、なぜか老人の指人形ばかり。

 

戸を開けると、さまざまな有名人の人形が所狭しと並んでいる。手をたたいて大笑いする明石家さんま、「アイ~ン」をする志村けんさん、刀をさやに納めるビートたけし……どの顔も楽しそうに笑っている。

 

ひな壇の中央に設けられた小さな舞台では、赤ら顔の老人が、おちょこを掲げている。ぐい、と飲み干すしぐさ。泥酔しているのか、何度立とうとしてもこけ続ける。クスリ。

 

そこへとっくりを持ったもう一人が現れる。2人の酔っ払いが戯れ、お互いの頭を強くたたく。声はない。それでも、大きな笑い声が響き渡っていた。

 

簾の奥で人形を操るのは、露木光明さん(79)。指にはめた人形が、意思を持っているかのように動く。酔っ払いの強がりや照れ、情けなさまでも、指先から立ちのぼる。

 

一公演約30分。演目は『笑い上戸』『酔っ払い』『五十年後の「冬のソナタ」』『ウォーターボーイズ』など。一日6~7公演をほぼ毎日こなす。観覧料は1人700円だ。

 

政治ネタはやらない。

 

「いろんな人が来るからね」

 

子どもも大人も、観光客も外国人も。誰もが笑えるものを見せる。それが露木さんの流儀だ。

 

「60歳から始めた商売なんですよ。だから、まだ19年かな」

 

さらりと言うが、60歳からこの道一本で生きてきた。

 

店内には工房もある。作業台には粘土や竹串、アクリル絵の具が整然と並び、制作の手順を静かに物語っている。

 

「これが頭の芯です。ここに粘土をつけながら形にしていくんです」

 

指先で粘土を重ね、まずは頭蓋骨を意識して土台を作る。

 

骨格が整うと、表情を彫り起こす工程に入る。竹串で細かく切り込みを入れ、わずかな凹凸をつける。粘土の塊が、いつのまにか“誰か”になる。

 

「いじってるうちに、生まれてくる顔なんですよ。作る前には予想していない顔。それが面白いんです」

 

老人の顔はしわもたるみも多いが、それが味になる。

 

「作りながら噴き出しちゃうこともありますよ」

 

十数分もすれば、人形の顔の大枠が完成する。

 

「なんか、いそうな人だよね」

 

露木さんの人生もまた、この人形たちのように、人生の後半になってからいっそう豊かな表情を帯び始めた。

 

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