「縫い」「包む」が語源とされている“ぬいぐるみ”。最近では「ぬい活」という言葉も流行しており、お気に入りのコを旅行先やレストランで記念撮影している姿もよく見かけるようになった。今回注目したのは、開業以来10年間で1万7千体を治療した、ぬい専門のクリニック『杜の都なつみクリニック』院長の箱崎なつみさんと、クリニックを訪れた依頼者たち。取材を通じて、ぬいぐるみたちが、大切な縁を縫い、温かな思い出を包む家族であることを、あらためて感じた。
「あぁ、久しぶりに会えたね……」
東京都内のオフィスビル3階にあるクリニックで、退院が決まったそのコと対面した保護者の女性が、目を細める。
「そうだ、そうだ。昔こんな感じだった。懐かしいな……」
スタッフから“患者さん”を引き取った50代の女性は、都内在住の遠藤恭子さん。
ここ「杜の都なつみクリニック」の患者はヒトではない。依頼者にとって大切な家族である「ぬいぐるみ」の治療を請け負う病院だ。ここに遠藤さんが「鳥だか、犬だか、なんかわからない」という「ミューちゃん」の治療を依頼したのは’25年8月のこと。
「ホームページ(以下HP)で申し込んでから直接持ち込みました。すぐにでもお預けしてキレイにしてほしかったんです。入院期間は長かったですが、クリニックではお友達といっしょにいられるので、気になりませんでした」
遠藤さんはミューちゃんの付き添いとして「トリさん」も預けていた。「お供」は「1名様まで」が原則だ。入院中の家族が心細くないか、寂しがらないかという保護者の心配を軽減するためのクリニックの配慮である。
「まあ、うれしい……」と感慨深げにミューちゃんを見つめる遠藤さんが、少女時代を振り返る。
「8つ下の妹が幼児のころで、私が10歳くらいでした。『なんだかわからない存在を“ミュー”というんだよ』と言って、母が買ってきてくれたんです。
私は丸っこいものが好きなんですが、名前の由来がよくわからないミューちゃんはその原点で、“いいときの母”との思い出です。ミューちゃんの向こうに、母を見ているのかもしれません」
その母は’24年3月、84歳で亡くなった。妹と「お母さんの遺影、どうしようか」と遺品を整理しているとき、思いがけず現れたのがミューちゃんだった。
「晩年の母は認知症を発症していて、要介護の状態でした。病院で最期を迎えたのですが、そのとき私は仕事もあって……。
『もっと母にしてあげられることがあったのではないか?』という思いが、ずっとあったんです」
遠藤さんは、その後、たまたま書店で見つけたぬいぐるみの写真集にくぎ付けになった。
『ずっと、だいすき。』(講談社)というその写真集には、さまざまなぬいぐるみが紹介されていた。
くたびれた古いぬいぐるみが、専門家の手によって、ありし日の形、色、感触を再現されてよみがえるさまが、カラー写真で掲載されていた。
写真集の著者である箱崎なつみさん(40)が院長を務めているのが「杜の都なつみクリニック」だったのだ。
「縦に伸び切っていたのをマルッとしてくれて、おめめも元のとおりに寄せてくれた。細かく調整してくださって『ウチに来たとき、こんな感じだったんだなあ』って」
母と娘の関係とは、往々にしてひと筋縄ではいかないものだ。遠藤さんも妹も、母が認知症になって以後「面倒くさい存在」に変わり、複雑な感情を抱きながら過ごしてきた。
だがいざ母を亡くし、遺影を選ぶ段階で邂逅したのが、ミューちゃんと、それを与えてくれた若き日の母のやさしさ、愛情だった。
「幼少のころの母の記憶は確かなものだったんだと。治療してもらったミューちゃんを手にして、母との距離が縮まった気がします」
その日、帰宅した彼女は、元気になったミューちゃんの回復を母の遺影に向かって報告した。
