■搬送が間に合わず命を落とすケースも
「医師募集の専門サイトを見ると、キャリアにもよりますが、都内などの医師と比べ、地方の病院では年収が1.5倍ほど提示されたりします。それほど地方の病院では常勤医を確保したい現状があります。医師不足のため、がんの手術で待たされることはよくあること。外科医はいるのに、麻酔科の先生がいなくて手術できないということもあります。
ある病院スタッフが、早急に処置が必要な大動脈解離を起こしたときのことです。朝10時に症状を訴え、地域の病院に救急搬送されたのに、手術を行える隣市の病院に後送できたのが14時です。残念ながら亡くなりました。もし都内であれば、助かったかもしれません」
医師不足は地方ばかりの問題ではない。実は、厚生労働省が発表している人口10万人あたりの医師数がもっとも少ないのは埼玉県の189.1人。ついで少ないのが茨城県で198.1人、千葉県213.3人と、首都圏が続くのだ。人口に対してもっとも医師数が多い徳島県は、埼玉県の約1.8倍となっている。
さらに医師偏在率指標(高い数値ほど相対的に医師が多い)でも、千葉県は38位、埼玉県は42位、茨城県は43位と下位で、46位は青森県、47位は岩手県だった。
『日本の医療格差は9倍―医師不足の真実』(光文社新書)などの著書がある、医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんが解説する。
「じつは昔から医師数は“西高東低”といわれています。明治維新以降、官軍の地元であった西日本に、医学部のある官立学校が手厚く設置された歴史があるためです。たとえば戦前、九州だけで3校の官立学校がありましたが、東日本では、関東・甲信越・東北で4校のみ。また’80年代に一県一医大政策がとられた際、人口約400万人の四国では新たに3つの国立大医学部が設置されて計4校となりましたが、同程度の人口の千葉県には、すでに千葉大学があったことから新設されませんでした」(上さん、以下同)
都市部と地方ばかりでなく、東日本と西日本でも医師の偏在があるのだ。
「四国で医師不足は聞いたことはありませんが、首都圏では地域によって十分な治療を受けられないケースが生じています」
上さんが埼玉県の病院に勤務していたときのことだ。
「すでに、救急の受け入れを断ることは日常的にあります。病院まで来ても、残念ながら別の病院に行ってもらうしかない場合も珍しくありません。別の病院に患者を搬送するため、病院間での連携がとられていますが、結局は受け入れの可否は現場の医師が決めるので『患者がいっぱいだ』と簡単に断られることが多い。そのため、個人的に教授クラスの医師の携帯に直接連絡をして、交渉することもあります」
医師不足が患者にもたらす不利益はほかにもある。
「ある病院で、ひどい花粉症の患者さんを診察したときのことです。このような場合は『ゾレア』という薬を使用したいのですが、そのためには採血をして、さらに1週間後にまた来てもらうなど手間がかかります。すると看護師から、『先生、うちでは余裕がありません。早く次の患者を診てください』と言われ、市販薬程度の薬しか処方できませんでした。都内のクリニックでは1日に10人くらいに行っているほど一般的な治療です。医師不足となると、花粉症治療も満足にできなくなる可能性があるのです」
さらにひどいケースが、福島県内で病院であったという。
「なかには行き場がないようないわくつきの医師が紛れ込むリスクもあります。下半身を露出するなどして処分された“ハレンチ医師”を受け入れてしまったケースも、実際にありました。医師が充足している地域では患者の奪い合いがありますが、医師不足の地域では、黙っていても患者が来るため、残念ながら、サボる医師もいるのが現状です」
こうした医師不足に拍車がかかれば、がんの手術待ちも顕在化する可能性がある。
「東京都など病院が多い所では、患者の受け入れ体制が整っています。そのため、地方からわざわざ新幹線に乗って、都心部でがん手術を受けるケースも、今後増えてくると思います」
命を脅かすことにもなりかねない医師不足を解消するためには、医師の偏在の是正ばかりでなく、医師数そのものを増やすことが大事だという。
「日本の医師数がまだまだ少ないことが根底にあります。OECD加盟38カ国の、10万人あたりの医学部卒業生(2023年)を見ると、日本は7.2人でワースト2位。厚労省は“いずれ医師は余る”というスタンスで、開業医で組織された医師会は、医師が増えることに抵抗があります。しかし、医師も競争は必要ですし、製薬会社でも必要とされます。問題解消のために、医師不足の地域に医学部を新設したり、定員を増やすことが重要だと思います」
日本全国どこに住んでいても安心した医療が受けられるよう、一刻も早い対策が必要だ――。
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