■「お母さん、好き」「お父さん、だーい好き!」その笑顔に幸せを感じる
「英雄ですよね。僕なら自慢げに吹聴しちゃうと思う。そういうのが、一矢さんには一切ないのが逆に、すごいなって思うんです」
大坪さんが話すのは、事件から3年半ほどのち、公判で明らかになった当日の一矢さんの行動のこと。
結束バンドで拘束されていた職員の「携帯電話を取ってきてくれない?」という頼みに、負った傷の痛みをこらえながら、一矢さんは応じていた。リビングルームまで這っていき携帯電話を職員に届け、それが110番通報に、迅速な救助活動につながったのだ。
「そういうところも一矢さん、新田さんに似てます。世間から『金食い虫』『迷惑だよ』と心ない言葉をぶつけられながら運動した結果、バリアフリー化が進み、誰もが暮らしやすくなったのに。新田さんは褒められることもなければ、決してふてくされることもなかった。植松は『不幸しか作らない』と決めつけたけど、一矢さんには、あんなすごいことができたんです」
両親も「一矢といて不幸だなんて思ったこと一度もない」と力を込める。剛志さんは笑顔で続けた。
「むしろ、幸せを感じることばっかり。どんなとき? それはやっぱり、一矢が笑ってくれたときですね。いい顔して笑うんだ。『お母さん、好き?』って聞くと、笑顔で『お母さん、好き!』って」
すると、今度はチキ子さんが「面白くない」と言わんばかりに、言葉を継いだ。
「最近もね、かんちゃんのアパートに遊びに行って『一矢、お父さん好き?』って聞いたの。そしたらさ、『お父さん、だーい好き!』だって。『だーい』まで付けるんだよね、私には付かないのに(笑)」
取材の日、一矢さんは大坪さんとのドライブで、江の島まで足を延ばした。ランチは大好きなソースをたっぷりかけた、希望どおりのカキフライ。食べたいものを、食べたいように食べる──、そんな当たり前の自由を、いまようやく一矢さんは享受している。
「かんちゃん、おいしいですか?」
大坪さんの言葉に箸を止めた一矢さんは、ソースだらけの口元と、力いっぱいの笑顔で答えた。
「おいしいー!」
(取材・文:仲本剛)
画像ページ >【写真あり】「たとえ、重い障がいがあっても、堂々と町を闊歩できる、そういう世の中にしなきゃいけないと思ってます」(他5枚)
