動画再生回数300万回以上。2012年、世界じゅうを突如として感動の渦に巻き込んだ『振り子』――鉄拳(41)のパラパラ漫画の代表作だ。このたび、実写版映画が公開されることになり、再び、振り子が揺れ始めた。

「本当に参りました。僕が思っていた以上にいい作品だったので……」

 3月に行われた第6回沖縄国際映画祭、『振り子』初上映の舞台挨拶に登壇した鉄拳は、涙で言葉をつまらせた。原作では、左右に揺れる振り子の中に、夫婦の半生をマジックペンで描いている。

「時計は、どこの家庭にもあるもので、その家に起こるさまざまな出来事をずっと見続けています。それは、たとえ誰かが亡くなっても変わらず、『時は、つねに刻まれ続けている』、そういうのを『振り子』で表現したかったんです」

 もともと漫画家志望だったという鉄拳。しかし、高校卒業後にプロレスの世界に入り、すぐにやめ、俳優をめざし、あきらめ、そして芸人となり、それも一度はやめそうになるなど、何度も挫折を繰り返してきた。そんなとき舞い込んだのが、パラパラ漫画の仕事だった。

「『振り子』の制作をしているときは、まだ自分の人生観というのがなかったんです。同じ時期、ある番組の企画で街頭インタビューをしたほどですから。『人生について教えてください!』って。偶然、ビートたけしさんが僕を見かけて、声をかけてくださったんです。それで、同じ質問をしたら『お、がんばれよ!』って、それだけでした(笑)」

『振り子』を描くまで、パラパラ漫画の仕事は3カ月に1本程度だったが、今では、年に数日しか休みがとれないほど、毎日毎日、家でパラパラ漫画を描いている。彼の人生は激変した。

「でも、人生観というのがこう、うっすらと頭をもたげてきたのは、東日本大震災のときです。“家族の大切さ”というものが、自分の中でワーッと湧き出てきて、それが、のちの『絆』『ツナガル』という作品になりました。そして『家族のはなし』は、一人で突っ走ってきた人間が、自分の成功の陰には親の支え、家族の応援があったことをのちに知る、という物語で、あれは実体験も入っているんです。僕自身、長野県出身で、ここまでくるのに、家族にたくさん面倒かけてきたから、今、家族にとても感謝しています」

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