「11月から年末まで東京・歌舞伎座で十三代目市川團十郎白猿襲名興行がおこなわれます。梨園のトップである團十郎の襲名口上では幹部が揃い踏みし、新たな門出に祝辞を口にするのが慣例ですが、それを断る重鎮が後を断ちませんでした」(歌舞伎関係者)
日本一の大名跡・市川團十郎。その十三代目を継ぐ市川海老蔵(44)の襲名披露興行が発表されたが、現段階で発表された口上に並ぶ“幹部俳優”は松本白鸚(80)だけだった。
「前提として、海老蔵さんの“奔放愛”報道や、義姉・麻耶さんとのトラブルが大きく影響しているのは間違いありません。ただ、幹部が口上の出演を渋っている理由はそれだけではないのです。今回海老蔵さんが名乗る“團十郎白猿”という名前にも疑義が生じています」(前出・歌舞伎関係者)
そもそも團十郎白猿は五代目市川團十郎が晩年に俳号として用いたもので、“祖父・栢莚や父親に及ばないので、はくえんの音に『白猿』の字を当てた”というもの。後に芸名としても使われたが、19年1月に行われた襲名披露記者会見で、海老蔵はこう説明していた。
「私も、このたび、團十郎襲名ということではございますが、やはり父や祖父の足元にも及ばぬという気持ち。これから精進していこうという気持ちも含めまして会社の方々とお話をして“白い猿という方向性でお願いします”と…」
ところが、重鎮たちの間では“不遜だ”と思われているというのだ。
「團十郎は初代から12人いたわけですが、“自分は歴代團十郎のなかでも特別”という意味にもとれます。海老蔵さんは16年に成田山新勝寺で得度式を受けています。高僧たちから團十郎についての講義も受けているはずです。一般的に戒名は、字数が多く、長いほど格上とされています。今回の團十郎白猿も同じ意味合いなのではないか、といぶかられているのです」(前出・歌舞伎関係者)
実際、海老蔵は襲名発表後のインタビューで、こう語っている。
《市川團十郎家も栄枯盛衰、いい時もあれば悪い時もありました。僕の祖父の十一代目團十郎は高麗屋から養子にきて、僕で三代になります。倅で四代になりますが、実は團十郎家が直系で四代続くのは初めてなんです》(『演劇界』20年7月号)