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広島市生まれの浦野すず(声/のん)は太平洋戦争下の昭和19年、19歳で呉市の北條家の長男・周作に嫁ぐ。“北條家の嫁”の生活は朝4時起床で共同井戸に水汲みに行くことから始まる。ご飯とみそ汁の朝ごはんで義父と夫を仕事に送り出し洗濯。回覧板の受け渡し、配給当番、ご近所の噂話……。「隣組制度」のなか助け合う地域住民の暮らしになじんでいく。

 

そんななか、幼い娘の晴美を連れて義姉・径子が出戻ってくる。心根は優しい姑と小姑だが、ストレスはたまる。なかなか妊娠できないこともあり、すずは円形脱毛症に。それを受け止めようとする周作に当たることもあったが、笑顔のあふれる平凡な幸せが確かにあった。しかし昭和20年に入ると戦局悪化が如実になり、空襲も頻繁に。そして“8月6日”を迎える−−。

 

この作品を苦節6年で世に出した片渕監督が、緊急インタビューに応えてくれた。

 

「原作を読んだとき、すずさんがとても愛らしく、愛おしく、健気に思えました。戦争はそんな人の上にも容赦なく爆弾を落とす。その感触を表現したいと思ったんですが、大型出資は見込めなかった。そこで作品に込める熱を関係者やファンに理解してもらうことから始めました。まずは広島取材の経過や、原作の素晴らしさを報告するイベントを1年間、続けたんです」

 

この映画は大スポンサーがつかず、制作費を「クラウドファンディング」というネットで広く一般から資金を募る方法をとっていた。イベントなどが功を奏し、’15年5月、目標の約2倍の3,900万円以上が集まった。

 

「『見たい』と期待してくれる方がこれだけいるという証明になりました。そして呉や広島で『支援する会』ができ、出資企業も出てきたんです」

 

あからさまな「反戦メッセージ」を謳わないことには、狙いがあったという。

 

「戦後に私たちが知った『戦争はいけない』ということを、すずさんたち戦時下の人には押しつけられない。それより、すずさんのような人がまぎれもなく存在しているという印象を確かなものにしたかった。そのためには当時の街並みや、暮らしのディテールを、ていねいに、客観的に描き出すことにこだわったんです。また、アニメ技術の面でいえば、既存の作品にないほど多くの動画枚数を使うことで、動作に自然な“日常感”を持たせることができました」