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「30数年前に母親から『お前、就職もしないでブラブラしているけど、どうするんだ』と尋ねられたときに、『映画監督になりたいんだ、俺は』といったんです。てっきり母親からあきれられると思っていたら『お前ならそういうことを言いかねないと思ってた』『私がお前に与えられるのは自由だけだから好きにやりなさい』といってくれたんです」

 

遊川和彦監督(61)は目を潤ませながら語った。テレビドラマ『偽装の夫婦』『家政婦のミタ』で知られる人気脚本家の遊川さんが初監督を務めた映画『恋妻家宮本(こいさいかみやもと)』。昨年末に行われた完成披露舞台挨拶で「そのときの母を今、この瞬間に連れて来たいくらい自分は嬉しくて、今日はめでたい日です」と語ると、会場からは割れんばかりの拍手が贈られていた。

 

今月28日から、いよいよ全国東宝系で公開。阿部寛(52)と天海祐希(49)が初の夫婦役に挑戦している。子どもが巣立ち2人きりになった宮本夫婦をコミカルかつハートフルに熱演。ある日、妻が隠していた離婚届を見つけてしまうことから始まる、おかしくもいとおしい夫婦愛の物語だ。

 

「舞台挨拶には姉や妹も来ていてすぐ母(90)に伝えたそうですが、何のリアクションも返って来なかったそうです」と笑う遊川監督は、実は母子家庭だったという。

 

「父は僕が高1のときに家を出て行きました。ある朝、突然いなくなっていました。あとで捜して会いに行ったときは別の女性と暮らしていましたね。父はもともと生活能力のない人で、母が僕たち4人姉弟を育ててくれたんです。3番目の僕は母に『誰が一番かわいいか』とよく聞いていました。母には“僕だ”といってほしかったんですけど、いくら聞いても『みんな同じ』と答える。誰もいないところで聞いているんだから僕だと言ってもいいじゃないかと思うんだけど、しまいには『面倒くさいから、そんなこと聞くな』って」

 

遊川監督は「そんな母にもっと愛されたい、褒められたい、『あんたは本当に頑張ってるね』と言われたくて、必死でやってきたのかもしれない」と照れくさそうに微笑んだ。

 

「60歳になる前に受けた取材で『遊川和彦というクリエーターはある意味、完成したというふうに思う。それで60歳から70歳の間に最高傑作を作るんだ』と言ったんですね。その記事を読んだ母が電話をしてきまして。『おまえ、そんなこといったのか』と聞くから『いいました』と答えると、『じゃあ、私は100歳まで生きなきゃいけないね』と言ったんです。こういうことを言う人だから、素敵な人なんだなあと思いましたね」

 

そう振り返る監督の目尻には、光るものがあった。

 

「『100歳まで生きなきゃいけない』といわれちゃうと作らざるを得ないじゃないですか、ちゃんとね(笑)。母はいつも僕の作品を観てくれていて、感想も伝えてくれます。基本的には『あなたの優しさが出ている』と言ってくれるので、とりあえず根本はわかってくれているんだなと思います。ただ、本当に母は愛想はよくないんです(笑)」

 

そんな遊川映画がこの冬、日本中の人々の心をホットにする。そして監督も一番欲しかった母の言葉を手にするに違いない。

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