「主役の徳兵衛の声は当初、フランメンコ専門のカンテ(歌手)の方でしたが、14年の公演を前に、新たな歌い手を探すことになったんです。それでいろいろなCDを名前も見ないで聞いていたとき、アッと思う1枚があったんです。改めてジャケットを見たら、『えっ? 百恵さん(59)の長男の祐太朗さん(34)?』って」
作詞家・阿木燿子さん(73)はそう言うと、にっこり笑った。
「そのあとすぐにライブを見に行って、ああ、私の直感は間違いなかったって思いました」
近松門左衛門の代表作をフラメンコの音楽と踊りで表現した舞踊劇『Ay曽根崎心中』が12月12日から、新国立劇場で始まる。プロデュースと作詞を阿木さん、夫の宇崎竜童さん(72)が音楽監督として作曲を手がけるこの公演は今年で18年目になる。祐太朗は14年に初参加。今年は阿木・宇崎夫妻が作詞作曲した、新曲の『菩提樹』も劇中で歌うことが決まった。
阿木さんが曽根崎心中をフランメンコで表現しようと考えたのは、その情念の深さにあった。
「人間が持つ奥深い根源的な情念を表現できる。そこが、フラメンコの魅力です。だから“心中”の物語にはすごく合う。フラメンコは心の底から湧き上がる苦悩や悲しさ、理不尽な思いを重ね合わせられる音楽です。『わかる、その苦しみ、私にもあるのよ』って、そんな気にさせてくれる。それはどこか私の詞にも繋がっていると思うんです」
祐太朗の歌い方も、阿木さんが求めていたものだった。
「彼は音域も広いし、声量も表現力もある。それに日本語の歌詞をとてもきれいに歌える歌い手さんで。美しい日本語は、曽根崎心中のいちばん重要なテーマですから。もう祐太朗さん以上の方はそうそういないだろうって。それにしても、本当に不思議ですよね。気が付いたら親子2代にお世話になることになって……」
百恵さんは現役時代、阿木燿子作詞・宇崎竜童作曲で大ヒットを連発。宇崎夫妻の作品は、百恵さんが国民的歌手へと上りつめる“道しるべ”でもあった。 楽曲を提供するたびに「百恵さんの歌のうまさ、歌詞の理解力、表現力に圧倒された」と阿木さんは興奮気味にこう語る。
「とくに『プレイバックPart2』はレッスンする時間がほとんどなかったはずなのに、あの難しい歌をよくあそこまで表現してくれたなって。作ったこちらが『ああ、こういう詞だったんだ』って思うほど。百恵さんは詞の行間が読める歌手で、その意味でも天才ですよ。百恵さんという存在があって初めてかけた曲がほとんどなので、私たちにはもう、感謝しかないんです」
祐太朗のキャスティングが正式に決まったとき、阿木さんは百恵さんに電話をかけたという。
「やっぱり直接ご報告したかったから。百恵さんは『ありがとうございます。涙が出るほどうれしいです』と、おっしゃって。こちらのほうが泣きそうになりました」
交流42年目になっても、百恵さんとの赤い糸は繋がっている――。