水谷豊「映画『轢き逃げ』では被害者と加害者の両方を描きました」

「俳優がね、名前があるからという理由で監督をやるチャンスはあるかもしれない。だけど、それが1回だけで終わると、ずっと監督をやってきた人たち、監督を目指している人たちに、失礼な気がしていたんですね。だから、監督をやるなら1作だけでなく、その先も監督として映画に向かっていける覚悟ができたときにしようとずっと思っていました。やらないでくださいと言われれば別ですけど(笑)、もしチャンスがあったら、必ず次回作を撮ろうという覚悟のもとに『TAP-THE LAST SHOW-』は始まっていますから」

 

水谷豊さん(66)が監督・脚本を務めた映画『轢き逃げ-最高の最悪な日-』(配給:東映)が5月10日からロードショー公開。監督作品は、’17年公開『TAP-THE LAST SHOW-』に続く2作目。脚本は今回、初挑戦だ。

 

前作はけがで引退を余儀なくされた元タップダンサーが、閉館する劇場のために、若手ダンサーを育成して最後の公演に挑むというエンタテインメント作。2作目にはサスペンスというまったく毛色の違う作品を選んだ。

 

「主役の宗方秀一(中山麻聖・30)と森田輝(石田法嗣・29)は学生時代からの付き合いで、同じ会社に就職します。でも、片方は憧れられる存在で、もう片方はおもしろく振る舞ってもり立てるという役柄。こういう関係はよくあることだけど、ちょっとした嫉妬心やいたずら心が、大きな事件を招いてしまう。そこが始まりでした」

 

結婚式への打ち合わせに急ぐ秀一が運転する車が、人気のない路地裏で若い女性をはねてしまうところから物語は始まる。輝のささやきで、2人はその場から逃げ去ってしまうのだが――。

 

映画『轢き逃げ』で水谷さんは、監督・脚本家として、犯人である秀一と輝の心理を丹念に描いているだけでなく、轢き逃げされて亡くなった被害女性の父親・時山光央役を演じている。肩を落とし、少し丸めた時山の背中からは、ある日突然、娘を失った父親のぼうぜん自失と傷心の深さがにじみ出る。

 

「事件や事故が起こると、加害者と被害者に分かれますが、そのとき、どういう気持ちになるんだろうというのは、両方に対して感じることです。『轢き逃げ』は、映画として、加害者と被害者の両側を描いて行く必要があると思っていました。悪者の加害者とかわいそうな被害者というふうに単純には分けられない。そういうことも描きたかったのです」

 

だから今作は、一般的なサスペンスの枠を超えて、人間が持つさまざまな側面に目を向けた物語となっている。水谷さんのこの優しいまなざしは、多くの出会いが培ったものなのかもしれない。

 

「人間は、自分の価値観に縛られて、狭い範囲でしか物事を考えられなくなってしまうことがありますよね。でも、本当はさまざまなものの見方があることを、これまで出会ったさまざまな人たちが、僕に教えてくれました。それに感謝しています」

 

そのことをもっとも身近で教えてくれた人が、’10年に亡くなった母だった。

 

「優しさもありましたけど、ここ一番は怖い人でした。やはり子どもって、母親について大好きなところと、嫌いなところが、必ずあるものだと思っています。でも、母が亡くなると、全部が好きになったんですよ。嫌いだったところもすべて……。なんで、母が生きているうちに、全部、好きになってあげられなかったんだろうとも思うんですが……。そういう思いも含め、人とはどういうものであるかを、身近で教えてくれたのが母でした」

 

《人が確実に悪いことをしたとわかっていても逃げ場をつくってあげなさい。どこにも逃げられないところに追い詰めてはいけない》

 

小学生のときに、母に言われたことはいまも心の奥底に刻まれている。今作の、つらくて優しいエンディングは、どこかそんな言葉を彷彿とさせるものだ。

 

「被害者側の救いはどこにあるのだろうか。加害者側にも救いはあるのだろうか……。最後はこの思いを女性に託そうと考えました」

 

《楽になるなら、いくらでも人を責めるわ》

 

檀ふみさん(64)演じる時山の妻・千鶴子のセリフだ。

 

「最終的には『許し』にしか救いはないのでしょう。もちろん、そう簡単にたどり着けるものではない。だけど、少なくともそれが見える終わりにしたいと思いました。何があっても、ここから生きていかなきゃいけない。それは、人としてのテーマですから」

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