チャゲ語る「チャゲアス再開に向け、声も体も鍛えてる」

「このくらいのキャパだと全員の顔が見られます。チャゲアス時代は1万人クラスの大きい会場だったから、ファンとこんなに近くで触れ合えるのは、うれしいですよ」

 

4月某日、都内にある多目的ホールで行われたチャゲのファンミーティング。ステージ上のチャゲ(61)は終始、満面の笑みだった。

 

写真撮影に始まり、チャゲとのデュエットやハグ、ツーショット権がもらえるゲームコーナーへと続く。熱い交流の後は、アコースティックのミニライブだ。

 

「今回は、ネットで聴きたい曲を募集したんです。コアなファンだけあって、ふだんのライブで演奏しないようなマニアックな曲が多かった。練習が大変でしたよ」

 

終演後は、ファン一人一人の手を両手で包み込むようにして、優しく握手。その日集まった約500人のファン全員を見送った。

 

「親子2代、なかには3代というファンもいて、あったかい気持ちになるんですよ。ファンは家族みたいなものなんです」

 

’79年、飛鳥涼(現・ASKA、61)と組み、チャゲ&飛鳥(現・CHAGE and ASKA)として『ひとり咲き』でデビューして40年。

 

当然ながら紆余曲折があった。デビュー10年の’89年に活動を休止。チャゲはバンド活動に精力を傾け、ASKAはロンドンへと渡った。それぞれの世界を広げると、翌年には活動を再開。

 

’91年『SAY YES』、’93年『YAH YAH YAH』でそれぞれ200万枚超の記録的ヒットを生み出した。ライブツアーを中軸に、それから約10年、2人で突っ走ると’09年、再びデュオの活動を休止。

 

’13年には、活動再開を発表したが、’14年5月、ASKAが覚せい剤取締法違反で逮捕される。判決は、懲役3年執行猶予4年だった。

 

その執行猶予期間を終えた現在も、CHAGE and ASKAは活動できぬままだ。

 

「ファンの方が『いつかは二人一緒に』と、思っているのは、わかっています。僕だって、一緒にやりたい――」

 

絞り出すような声だった。

 

「だから、悩んでいるし、葛藤もある。このままの状態が続くかもしれないし、ふとしたきっかけで、急に動きだすかもしれない。俺とASKAの間には、二人にしかわからない絶妙な距離感があるんです」

 

3カ月にわたる取材のさなか、『週刊文春』は7月11日号で、ASKAがチャゲサイドに解散を要求していると報じた。まっすぐに記者を見つめて、チャゲは言う。

 

「それでも自分のなかで解散は考えたことはありません。CHAGE and ASKAは俺の人生、そのものだから」

 

6月某日、都内のスタジオで、チャゲは新譜のレコーディングに臨んでいた。前かがみで少しガニ股の姿勢でマイクの前に立った。トレードマークのサングラスは外したが、帽子はそのままだ。

 

イヤホンから流れるカラオケのテンポを確かめるように、指を1つトンと当てて、歌い出す。透明でみずみずしいハイトーンボイスが響き渡った。

 

「最盛期に近い力は出ているんじゃないかな。いや、それよりも確実に進化している。キーも上がっているし、前より声も出ているんですよ」

 

’01年、2度目の結婚をしたチャゲは、’08年にはパパになり、私生活も充実。食生活をサポートしてくれる妻のおかげで、体調も万全だ。昨年秋ごろからは、体幹を鍛えているという。

 

「週5回、公園で“小走り”をしています。ジョギングじゃなく、あくまで、小走りですが(笑)」

 

トレーナーのアドバイスを受け、2~3時間の小走りをした後は、発声練習も欠かさない。

 

「2年くらい前まで『歌とはなんぞや』みたいな哲学っぽいことを考えていたんですが、深く考えなくても、ちゃんと歌えば届くんだって、いまさらながら、迷いがなくなった。歌っているのがいま、気持ちいいんですよ」

 

純粋無垢な子どものような表情になっていた。

 

「アルバムタイトルは『feed back』(8月7日リリース予定)と、決めているんです」

 

音楽用語でいう場合のフィードバックには次のような意味がある。

 

「伝説のギタリスト、ジミ・ヘンドリクスがよく使った奏法のこと。ギターをアンプに近づけたり遠ざけたりしながら、ハウリングを起こさせる。その独特の雑音が、素晴らしい音楽になるんです」

 

CHAGE and ASKAも近づいたり遠ざかったりしながら、二人にしか出せない音を紡いできた。

 

「不思議な関係ですよ。夫婦のような?(苦笑) 俺たちの間には、欠けたピースがあって、俺の思い描いている形と、ASKAの思う形が微妙に違っているのかも。そこに、お互い譲れない部分もあるんだろうって俺は思う。ただ、ポプコン(デビュー前に出場したヤマハのポピュラーソングコンテスト)に出ていたころの、熱い思いで純粋に音楽に打ち込んでいた宮崎重明(ASKAの本名)に、原点に、もう一度、返ってほしい。それさえ感じることができれば……」

 

二人で初めてユニゾンした瞬間の感動を、スタジオにこもって夢中で練習したあの日を、ASKAも忘れてはいないはずだ。

 

「俺も還暦を過ぎましたけど、まだ時間はある。いまは二人で活動再開をするその日のために、力をためる時期なんだと感じています。スキルアップしないとね」

 

“その日”に向かって、走るチャゲ。欠けているピースが埋まる日は、くるのだろうか――。

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