「母ちゃんのことがあるからといって仕事に影響するようでは、逆に母ちゃんが気を揉んでしまう。だからむしろ、伸び伸びやっていこうという家族の思いでした。だから俺は、仕事をしたもの(=作品)で見せてあげたい、という方向にスイッチしましたね。頑張って芝居をやって、見てもらって、そして母ちゃんに褒められたいと」
もとより、元気なころから、頼まれなくても息子の作品をずっと観てきたのが和枝さんだ。闘病が始まって以後も、舞台も含めて、「すべて観てくれてはいると思う」と佑は言うが、彼にとっていちばん忘れられない「母との思い出」となった作品がある。
それが18年1~2月、東京芸術劇場で上演された、唐十郎原作の舞台演劇『秘密の花園』だ。
「唐さんのこの名作を、下北沢の本多劇場のこけら落とし公演で、82年に主演したのが親父でした。そのとき母ちゃんは姉貴を妊娠中でしたが、芝居にあまりに感激して、『臨月近かったのに毎日観に通った』と聞かされたものです」
夫が主人公・アキヨシ役を演じた舞台がどれほど和枝さんの魂を揺さぶったのか。その27年後の09年、ザ・スズナリ(下北沢)での東京乾電池の同作公演で、和枝さんは自ら演出を務めているのだ。
「しかも、8日間の本番のために、1年間を稽古に費やしたと言っていました。母ちゃんにとってそれほど思い入れの強い作品で、親父と同じアキヨシ役を、今度は俺が演じることになったんです」
ところが、和枝さんのがんがすでに発覚していた時期の上演だ。
「絶対に観に行くから!」
と言い張る母に対して、息子は、
「和枝ちゃん、無理しないでよ」
「いいや、私は観る!」
どうにも聞かない母なのだ。和枝さんにしてみれば、夫との歴史が詰まった演目で息子が主役を張るのである。這ってでも、観に行かないわけにはいかない。
佑も気持ちはでき上がっていた。稽古を重ねて迎える初日を前に、思いは高ぶっていた。
母ちゃん、観てるか――。
「ホントね……『頑張らなきゃ』と思って、それこそ思いを込めて演じました」
だが、その高ぶりが思わぬ空回りを呼ぶことになる。終演後、歩いて楽屋をたずねてきた母の口から出たのは――。
「まさかのダメ出し、でしたね」
そのときの母の表情を思い出すように、佑は苦笑して続ける。
「(親子の)気持ち的には“でき上がった”舞台のはずでした。息子が演じたことへの感慨とかね、そんな感想でも言ってくれるのかなと思ったんですが……ダメ出し」
和枝さんいわく、
「お前だけ、ロマンチックだ!」
佑は冷水を浴びせられた。
「確かにロマンチックなセリフなんだけど、それを(自分が)ロマンチックにしゃべっちゃったら、(芝居自体が)ぜんぜん、ロマンチックになんないんだよ!」
父に優るとも劣らない母の激烈かつ論理的な批評が、とめどなく続いたという。