■死にたい気持ちに支配されないように大声で歌った
「津久井くん、しっかり治療して、元気になったらまた一緒に仕事をしよう」
そんな仕事仲間からの善意の励ましからも、ALSの残酷さを突きつけられた。
「“いや違うんです。治療法が見つからなくて、治らない病気です”って説明しなければならないですからね。それを理解してもらいたくて、一昨年の10月に病名を公表して、SNSを通じて、今の心情や病状、ALSのことを発信し始めたんです」
ニャンちゅうの仕事は、番組スタッフが「可能な限り、続けましょう」と言ってくれている。専門学校の講師の仕事も、昨年3月の学年末で、病気を理由に辞めようと決めていたが、
「コロナによってZOOMによる講義が可能になって、なんとか続けられています。学校は『なんなら空いている時間、すべてやってもらってもいい』とまで言ってくれています」
当初はお金の心配もあったが、
「ALSは難病指定されているため、月の医療費は2万円ほど。介護やリハビリサービスなどもかさみますが、今のところ、なんとかなっています」
前向きに生きる気持ちが芽生える一方、着実に体の機能を奪われていく苦しみで、心が折れそうになることは、たびたびある。
「最初の症状が出てから9カ月後の’19年年末には、車いす生活になりました。まだ手が元気だったので、杖をついてバランスを取ったり、テーブルにつかまり立ちができたんですが、正直、死にたいって思うことだってありましたよ。そんなときは発散の意味もあって“あー、死にたい、死にたいわ!”って大声で歌うんです」
そうでもしないと、本当に死にたい気持ちに支配されてしまいそうだからだ。
それでも時を追うごとに、ALSは容赦なく、腕や指の動きなど、次々に体の機能を奪っていく。そのたびに自分を奮い立たせるため「くそー!」「なんでだよ!」と、大声を出す。
「蹴り飛ばすものがあれば蹴り飛ばしたいけど、体が動かないんだから、物に当たることもできません。手も動かせない。もう歯を食いしばるしかないんです。ンーーッて。それで左右の奥歯がパキンと割れて、抜いたんです」
津久井さんは、ニッと口を左右に開き、奥歯がなくなった黒い隙間を見せる。そうやってALSのリアルな姿を配信などで伝える。
「昨年5月くらいには、最後のつもりでウクレレの演奏をYouTubeにアップ。手が思うように動かず、上から下のストロークしかできない、ヘロヘロで恥ずかしい演奏なんですけどね」
かつてはパソコンのキーボードをタッチタイピングで操っていたが、今は割り箸を口にくわえて、操作する。
「親指と人さし指が少し動くから、マウスに手を置いてもらえれば、操作できます。絵文字も打ちます」