米二さんも呆れ顔で振り返る。
「落語はたくさん聴いてきてたはずやのに、基本的な約束事、“上手、下手”のこともようわかってない。対面で稽古つけるとき、師匠が上手向いたら弟子も当然、自分の上手を向かなあかんのに、あいつは鏡と同じ要領で逆を向く。仕方なしに隣に座って『ええか、あっこに甚兵衛さんがいてると思え』と指さしながら教えましたよ」
こらあかんな……とサジを投げかけた米二さんだったが。
「何日かたってまた来たので、覚えたとこをやらせてみると……、これが、なかなかよかったんです。なぜか面白いと、そう思えた」
芸人独特のなんとも説明のつかぬおかしみのことを、落語の世界では「ふらがある」と評する。まさに米二さんは目の前のズブの素人に、ふらを感じ取っていた。
「ほんで、押し切られる形で『弟子にとろか』と。それが、忘れもしません、11年の3月9日です。東日本大震災の2日前。以前の阪神・淡路大震災のとき、私も仕事なくなりましたから。もし、震災が先やったら、弟子にとってなかったでしょうね。自分のことで手いっぱいやと。でも、震災直前に弟子に。そんなところも、なんか二葉は持ってたんかもしれませんね」
こうして二葉さんは24歳で、米二師匠初めての女性の弟子に。
勇んで入った落語界だが、女性ならではの苦労も多かった。高座では客からの冷たい視線にさらされた。出番直前、舞台袖で先輩から撞木でお尻を突かれるなんてセクハラは日常茶飯事。さらに、
「女に落語はできひん、高座返しだけしとけ!」
ある業界の人間からぶつけられた言葉。振り返る二葉さんの表情には、いまも怒りが滲んで見えた。
「高座返しというのは前座の仕事で、舞台のお座布団ひっくり返して次の演者さんのための準備をするもの。男性の前座落語家もするんですけど。私は『前掛け、してやれ』とも言われて。『男の人は、してませんやんか!』と反論すると『女は前掛けがしきたりや』と」
上方落語の寄席では、高座返しなど裏方仕事を専門とする“お茶子”と呼ばれる女性がいる。
「彼女らは前掛けをしてるんです。でも、当然ですが『私はお茶子と違う、落語家や!』と。ただ、そんときはけんかしてる時間もなく、しゃあなしに前掛けつけて高座返しして。袖に戻った瞬間、パッと外して、投げ捨ててやりました」