■「もう一生、死ぬまで車を運転しません。今日でお酒もやめようと決めました」
「たいへん申し訳ございません、ご迷惑をおかけしまして……」
黒いジャケットの嘉門が深々と頭を下げ、こちらに謝罪した。妻を失った悲しみと、再起への思いを聞いてきたはずの取材が、こんな結末を迎えるなんて──。
1月17日夕、当初の締切り直前に嘉門のマネジャーから慌てて電話があった。同朝8時半、自家用車を運転中に追突事故を起こした嘉門は、警察の事故処理中にアルコールが検出され、なんと酒気帯び運転で現行犯逮捕されたという。
マネジャーが弁護士づてに聞くには、嘉門は前夜、深夜3時まで自宅で飲酒して就寝。朝7時に起きて、行きつけのサウナに向かう途中で事故を起こしたようだ。
被害者の女性は軽症(その後に「全治1週間」の診断で通院中)で、嘉門は19日に釈放された。
検出アルコール濃度は呼気1リットル中0.25ミリグラム以上で「免許取り消し」と「(免許再取得が許されない)欠格期間2年」が決定。しかし「3年以下の懲役または50万円以下の罰金」が科せられる刑事罰については「未確定」の状況だ。(取材時点)
被害者とは弁護士を通じ、謝罪の意を示して話し合いをしており、民事裁判には発展しない見通し。だが致命的な人身事故を起こす恐れが大きい飲酒運転で逮捕され、本人が認めていることから、本誌は当連載でのインタビューの掲載をいったん、見合わせた。
嘉門もレギュラーのラジオ番組を「一身上の都合」で降板。6月、7月に東京、大阪で予定していた40周年コンサートは中止。新規の仕事依頼も、すべて断った。そのうえで、世間への経緯報告を「刑事罰や民事罰が確定次第、公表するつもりです」としていた。
ところが3月14日、ネットニュースで嘉門の事故が報道され、そこでは自宅近くの飲食店で飲酒し、運転して帰宅する際に起こした事故だと記されていた。前夜の酒が残る「無自覚の飲酒運転」でも罪だが「確信犯の飲酒運転」では言い訳にもならない。本人に面会を求め、3月27日午後、真相を問いただすことになった。
「自宅から約10分で着く温泉施設には何十回も車で通っていました。その途中にある寿司店によく立ち寄るんですが、いつもは絶対に、お酒は飲みません。でもその日に限り、いまとなっては『気の緩み』としか言いようがないのですが、冷酒180ミリリットルを、1本半、飲んでしまったんです」
当初の供述の「前夜の飲酒」は、虚偽だったことになるが……。
「最初の供述の際に、飲酒運転の重大さに『まずいことになった』と思い、本当に浅はかな考えで、噓をついてしまったんです」
ところが取り調べでレコーダー解析が進むなか、刑事に「ちょっと寄り道されてますね?」と指摘されると「もう隠せない」と観念。2月14日に白状したのだという。
しかしなぜ飲んだのか。過去に起きた、飲酒運転の大事故と悪質性、被害者、ご家族の悲しみや、怒りの報道を、どう眺めていたというのか。
「ニュースを目にするたび、戒めてはいました。運転の際には必ずノンアルで、飲んだら運転代行を呼んでいました。だから、ふだんなら絶対にしないことでした」
そう言いながら今回は「気の緩み」だと弁明する嘉門は、認識が甘すぎた。40周年公演を待ち望むファンも多かったはずなのに。
「被害者の方は事故直後に『あっ、嘉門タツオさん』と僕を認識されていました。本当に、お詫びしかありません。できることをさせていただきたいと思います。ファンの方にも申し訳ない限りです」
ところで、法的には2年後から、しかるべき講習の受講後に「免許の再取得」が可能になるが、どうするつもりなのだろうか──。
「もう一生、再取得はしません。死ぬまで車を運転しません。それは当然のことと認識しています」
仕事復帰の可能性や時期は?
「いまは、いつ復帰したいなどと言うべきではありません。心からの反省と、今後、僕になにができるかを考えようと思っております。現段階ではなんの説得力もありませんが、飲酒運転撲滅の活動を、より勉強したうえで、いつかさせていただければと思っています」
最後に再び深く頭を下げて辞去した嘉門は、およそ1時間後の16時過ぎに電話をかけてきた。
「取材後に考えたのですが、今日でお酒もやめようと決めました」
電話越しの嘉門の声は落ち着いていて、勢いで「断酒」と口走っているようにも思えない。
「妻の生前、僕が車庫入れで、車をこすってしまったときのこと、彼女が『もう運転やめたら?』と。そのときの彼女の口調が、いまになって思い返されるんです……」
自分の深刻な病状を知りながら、夫の行く末を案じ、ひたすら成功を願っていた妻・こづえさんに、嘉門はいま、次のように誓う。
「こづえさんには申し訳ない思いです。だいぶ怒ってると思います。でも怒っても前向きな女性でしたから、今日からの僕を見ていてくれるはず。そんな期待にも、応えなければいけないと思います」
40周年イベントも仕事もすべて白紙になった64歳。
「人間・嘉門タツオ」の贖罪を、私たちも見守っていきたい。
(取材・文:鈴木利宗)