2016年、ワールド・オブ・チルドレンアワード受賞式に出席したクレア・ワインランド (写真:Charles Sykes/Invision/AP/アフロ)

遺伝性の難病である嚢胞性線維症と闘い続けてきた活動家のクレア・ワインランドが2日、21歳の生涯を閉じた。

 

ワインランドの人生は、この世に生を受けたときから嚢胞性線維症と共にあった。この遺伝性疾患は白人に多く発現し、気管や消化管などが粘度の強い分泌液で詰まりやすくなるため、細菌に感染しやすくなってしまう。感染による炎症は治りづらく、徐々に肺組織が破壊され、最終的に呼吸不全を引き起こす。

 

ワインランドは幼い頃から入退院を繰り返し、幾度もの手術を受けながら懸命に生きてきた。

 

13歳のとき、術後の敗血症で意識不明の重体に陥った。3週間後に意識は戻ったが、元のように体を動かせるようになるためには3カ月のリハビリを要した。このとき、多くの人が待合室で手術が終わるのを待ち、彼女のために祈りを捧げてくれていた。意識不明の中で「大丈夫、全てうまく行く」と感じたと彼女は後に語っている。この体験をきっかけに、彼女は嚢胞性線維症を患う子どもとその家族を支援する財団を設立。ボランティアの手配や、心のサポート、財政援助を行う仕組みを作り上げた。

 

彼女の活動は高く評価され、米国呼吸療法学会(AARC)の年次総会で基調講演を依頼されるようになった。そしてTEDxのスピーカーとして、またYouTubeやInstagramなどを駆使するソーシャルメディアスターとして、「困難は挑戦でありチャンスだ」というメッセージを発信し続けた。呼吸器を装着しながらも、決して病に負けず立ち向かって行く彼女の姿勢は同世代の人々に広く支持され、2015年にはティーン・チョイス・アワードを受賞、2016年には米セブンティーン誌の「17人のパワフルな10代」に選ばれた。

 

そんな彼女の容態が悪化したのは8月26日のことだった。9時間に渡る肺の移植手術を受けた後、血栓が飛び重い脳卒中を起こしてしまった。家族は意識の回復を待ち続けたが、9月2日の夜、生命維持装置を外すことを決めた。

 

ワインランドの財団「Claire’s Place」のFacebookページが、訃報を伝えている。

 

「昨晩18時、財団の創立者クレア・ワインランドはこの世を去りました。クレアはもう痛みに苦しむことはありません。医療スタッフが、これまで見た中でもいちばん安らかな最期だったと言っていました。彼女の母メリッサ・イェーガー、父ジョン・ワインランドは、彼女がこの世に誕生したときの最初の呼吸、そして最後の呼吸を見届けました。集中治療とあらゆる救命措置が行われた1週間後、クレアが旅立つ時が来たのだとわかりました。クレアの方針で、彼女は臓器を提供しました」

 

彼女から摘出された臓器は、2人の人々を救った。右の腎臓は44歳の女性に、左の腎臓は55歳の男性に移植されたのだ。また、角膜や組織も採取され、これは最高で50人もの人の症状を和らげるために活用されるという。

 

財団はクレア・ワインランドの意志を継ぎ、今後も運営を続けていく。家族は、「クレアに弔いの花を贈るかわりに、財団への寄付をお願いします」と呼びかけている。

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