■「老衰」は遺族の後悔も生まれにくい
こうした指針もあって、以前であれば「心不全」とされたケースも「老衰」とされることが多くなった。
しかし、じつは「老衰」に明確な定義はないという。
「人によって老化のスピードは違いますし、明確な症状があるわけではないので、その定義は難しいのです。2018年に日本プライマリ・ケア連合学会誌に掲載された『在宅医療における死因としての老衰の診断に関する調査』では、年齢の目安については『年齢的な目安がない』(26.3%)、『80歳以上』(21.9%)、『85歳以上』(19.6%)、『90歳以上』(19%)と回答が寄せられており、年齢に関しても、医師によって判断基準も異なっています」
では、どのような症状があると、老衰と判断されるのだろうか。
「外出が好きな人が歩かなくなったり、立つときに思わず『よっこらしょ』と言ってしまったりしてから、徐々に横になる時間が増えるなどして、衰えていく過程をたどっていきます。さらに進むと、足の筋肉が痩せて、立つことができなくなったり、一人で食事ができていた人が介助がなければ食べられなくなったり、食べる量が減ったり、寝ている時間が長くなったりして、しだいに弱り、そして最期は眠るように亡くなっていきます。
訪問診療などをしている在宅医療医は、2週間に1度、診療しなければなりません。数カ月から年単位で患者が弱っていく過程を診ていますので、他の疾患が除外でき、緩やかな死を迎えたら、老衰だと判断するケースが多いでしょう。逆に病院で亡くなる場合、明確な病気があって入院するわけですので、死因が老衰となるケースは少ないです」
また、老衰は残された家族の心に寄り添うことにもなり得るので、医師も診断しやすいという。
「ご家族は大切な人の死に直面し“もっと何かできなかったのだろうか”と悔やんでしまうケースもありますが、『天寿をまっとうしました、老衰です』と伝えることで、心が救われたりするものです。老衰は、グリーフケアにもなるのですね」
人間の亡くなり方に急激な変化があるわけではないが、時代の変化や患者を思いやる医師の心が、“老衰”を増やしているということか。